年をとるほど賢くなる「脳」の習慣


【本書の概要】

加齢に対しては多くの人がネガティブな印象を持ちがちで、肉体だけでなく、人間の脳も年をとればとるほど衰えるものと考えられている。だが最新の研究によれば、中年期(本書では4068歳)を迎えると脳組織が再構成され、それまでとは異なる働きをし始めるという。その結果、若い時よりもより複雑な課題もたやすく処理することができるようになるのだ。本書ではこれまでの中年脳に対する「常識」を覆し、物事を概念化してとらえることがうまくなる、ストレスをうまく処理できるようになる、若者よりも幸福感やポジティブな感情を抱きやすくなるなど、研究成果に裏付けられた様々な真実を明らかにし、より健康な脳をつくり、長持ちさせる習慣を解説する。

中年はこれまで他の年代よりも注目度が低く、研究実績も少なかったが、寿命が延びたことでその意義が注目を集め始めている。加齢に対してネガティブに感じている方はぜひご一読いただきたい。著者は「ニューヨーク・タイムズ」の科学・健康・医療系記事の副編集長などを務めたサイエンスライターで、科学的知見をわかりやすく伝えることに定評がある人物。 


著者:バーバラ・ストローチ(Barbara Strauch

 「ニューヨーク・タイムズ」の科学・健康・医療系記事の副編集長(出版当時。後に科学系記事の編集デスク)。米国カリフォルニア大学バークレー校(英文学専攻)卒業後、新聞記者として長年のキャリアを持つ。 

扱う範囲はスペースシャトルのミッションから警官の誤射事件まで幅広く、ニューヨークの地下鉄事故の記事はピューリッツァー賞を受賞した(1992年)。本書は健康・医療系報道の経験も生かして、一般読者に科学をわかりやすく伝えるという著者の仕事における使命の延長線上にある。2015年没。著書に『子どもの脳はこんなにたいへん!』(早川書房)他。

監修・解説:池谷 裕二(Ikegaya Yuji

 1970年、静岡県藤枝市生まれ。脳研究者。東京大学薬学部教授。薬学博士。

神経科学および薬理学を専門とし、海馬や大脳皮質の可塑性を研究。最新の脳科学の知見を出し惜しみせず、かつわかりやすく伝える姿勢は多くのファンを得ており、ベストセラー多数。 著書(共著を含む)に、『海馬』『脳はなにかと言い訳する』(新潮社)、『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』(講談社)、『のうだま』『のうだま2』(幻冬舎)、『脳には妙なクセがある』(扶桑社)、『パパは脳研究者』(クレヨンハウス)他多数。



 

中年脳の真実

  科学が中年脳の変化についての真実に迫るにつれて、そこには新たなイメージが浮かび上がってきた。 

それは、中年脳は驚くほど能力があり、意外な才能があるということだ。 

 中年は他の世代に比べて賢く、落ち着いていて、幸せを感じている。

年を重ねるうちに、いろいろな事実を脳に貯めてきただけではなく、人間の脳は、中年に達すると実際に再構成がはじまり、行動や考え方も変わりはじめるのだ。中年脳は、朝食に何を食べたのかは忘れるのに、仕事に行けばグローバルに展開する銀行を経営したり、学校や市を管理したり、ひいては国までも率いることができる。家に戻ればうるさいカーナビや、何もいわない娘たちとつき合い、サブプライム・ローンの破たんや近所の住民、自分の親とも向き合っている。 

これらの素晴らしい行動は、「大人の脳」の成せる業だ。 

 ほとんどの研究者は、現代の「中年」を 40歳~68歳の間と定めているが、この年齢範囲も実はあまり固まっていない。寿命が延び続けるにつれ、「終わり」や「中間」がどこなのかわからなくなってきているからだ。 

 この数年間に、中年脳についてはさまざまな発見があった。 

例えば、脳は中年期にその能力の頂点に達し、長い間その頂点を維持する。

中年脳は混沌の中から解決策を見出し、無視すべき人物や事柄を見定め、障害物を避けるために曲がるタイミングがわかるのだ。 

 そして中年期に脳に起こる変化のおかげで、世界を達観できるようになり、ときにはかなり創造的にもなる。 

「アルツハイマー病」などの「認知症による変化」と脳の「老化現象」は違う。長期にわたる研究によって、中年脳はときどき間違いをするものの、その認知的能力は成長し続けることが証明されているのだ。 

 

中年になると脳はより賢くなる

   他人の真の性格を判断するのが若者よりはるかにうまいのが中年だ。

脳スキャン研究によれば、感情のコントロールに深くかかわる前頭皮質の一部は、年数を経ても脳の他の部分よりも委縮が遅い。感情をよりよくコントロールでき、精神的に優れた能力を持ち、人生経験を積んでいることが混じり合って、正しい判断ができるようになるのだ。 

 中年脳はお金に関する判断において最も熟達することもわかっている。研究者は「個人的な経済的問題について最適な判断を使えるのは50代で、この時期が経済的判断のスイートスポット(最適打球点)」と話す。 

 中年脳には、「認知パターン」と呼ばれる、物事にパターンを見出して陰に潜んだ概念をたやすく理解できる能力が備わっている。

年長者の脳は、新しい情報を吸収するのには時間がかかるが、すでに知っていることに関係のある情報であれば、すばやく賢く働いてパターンに気づき、論理的な最終地点に飛んでいけるのだ。 

 これはいわゆる「直感」や「本能的直観」と似ているように思えるが、神経科学者はこの説明に「要旨」という言葉を使う。

「要旨」とは裏に潜む主要なテーマを理解し、さらにそれを記憶する能力といえる。 

 例えばリンゴ、ナシ、バナナ、ブドウといった果物の名前のリストを渡すと、子どもは一語一語復唱するのがとても上手だ。

そうした「逐語的記憶」は青年期以降に衰えはじめるが、「要旨的記憶」はそのまま維持され、かなり年長になってもその能力は伸び続ける。

これが、中年脳が成熟することによる「知恵」だ。 

 これまで中年期には、死への意識が大きくなり、喪失感と絶望をもたらす「中年の危機」が訪れると考えられてきた。だがより精緻で大規模な研究によると、35歳~65歳の間、とくに 40歳~60歳の間で、ほとんどの人がますます幸せを感じるようになってきたと答えている。

  女性はこの時期に閉経を経験するものの、苦労と悲しみにあふれたものではなく、むしろ「安堵」を感じ、ほとんどの女性はこの時期、生産性が高く、有意義な活動に参加し、人生をよりよくコントロールできていると感じていた。ストレスはあっても、ほとんどの人はストレスに対処しているだけでなく、対処することで自分に自信が持てるようになっているのだ。

 

中年以降は2つの脳を使おう

  中年脳のユニークな能力のうち「両側化」ほど奇妙で、前途有望な素質はおそらくない。 

中年期のあるとき、困惑するような問題に直面した場合に、人は脳の片側ではなく両側を使う能力を発達させはじめる

それは重い椅子を片腕だけではなく両腕を使って持ち上げるようなもので、脳を使うのにより効率的な方法だ。 

 長年、脳が年をとるにつれ、脳が使う部分が増えるのではなく、減っていくと広く考えられていた。 

しかし、米国国立衛生研究所での研究では、顔を一致させる課題において、年長者の成績は若者とほとんど変わらず、使っていた脳細胞の数は一貫して多かったのだ。 年長者は若者と同じ脳回路だけでなく、強力な前頭皮質も利用していたという。 

 一対の単語を覚えるような課題では、若者の脳は、覚えるときには前頭葉の左側だけを使い、記憶を取り出すときには前頭葉の右側に切り替えていた

しかし、年長者ではまったく新しい方法で脳を使っていた。 

最初に単語を記憶する際は、前頭葉の左側をあまり使っていないだけでなく、記憶を取り出すときに、右と左の両側を使って課題を進めていたのだ。そして、同じ年長者でも前頭葉の両側を使っていた人は認知能力が優れていた 

 加齢について長年研究している研究者によれば、脳でつながりの密度が濃くなるにつれ、脳機能の二分化がより緩くなる。ほとんどの人で、左半球は発話、言語、論理的推論に特化しており、右半球は顔を認識したり感情を読み取るといった、より直観的課題を処理する。

  しかし、このパターンは年をとるにつれて変化していくのだ。

長者は両方の半球を使用する傾向にあり、このような神経的統合により、思考を感情に適合させるのが容易になるのだ 

 

健康な脳をつくるための習慣

  脳も人間の器官のひとつだ。組織として常に変化していて、環境によって制御され、行動によって影響される。 

記憶に重要な領域である海馬の一部「歯状回」は、エクササイズがとくに好きだ。 

最もよくエクササイズをした人の血流はエクササイズをしていない人の倍であり、この増加は歯状回で起こっていた。 

 新しい脳細胞は、歯状回で主に生成されている。 

そして、脳細胞の一部である新しいニューロンができるのは、たいへん複雑な課題や特定の目標に集中しているときである。

病気になると動けなくなることがよくあるが、そのように活動レベルが低くなると、新しいニューロンの生成を止めてしまい、認知的な意識が下がり、うつ状態になる。 そこで1日に少なくとも 30分は何か運動をすることだ。 

定期的に行なえる、心拍数と血流を上げるエクササイズならほとんど何でも新生ニューロンに活気を与える。 

そうすれば歯状回を眠りから起こして強化し、新鮮で新しいニューロンが少量でも得られるのだ。 

 さらに、食物も脳を増強する。そのメカニズムには、長年「健康によい」と言われてきたのと同じ物質が関与している。

それは、ビタミンCやビタミンEのような抗酸化物質の他、魚油からアスピリンまで炎症抑制剤として振る舞う物質だ。 

 脳は安静時には身体の 10%、知的活動時には 50%の酸素を使う 

このように脳はエネルギーを相当使うので、ある種の栄養素に敏感であり、またそのような栄養素が大いに必要でもあることを示唆している。

  

脳に効く最高のトレーニング

  同じことを何度も何度も繰り返していては、年をとるにつれ、行動がますます型通りに限定されてくる。 

脳を怠けさせないようにするには、それぞれの脳機能に合わせた訓練が必要だ。 

それはジムに行って、ふくらはぎの筋肉を鍛えた翌日には三頭筋を鍛えるのと同じである。 

 脳のより多くの部分を使うコツは、さまざまな研究で示されている。 

例えば、顔を覚えようとする場合は、目に見える特徴、おでこが広いとか鼻が少し曲がっているということに集中する。

情報を追加すると、より多くの領域が活性化され、つながりも多くなって、後で記憶を呼び起こしやすくなるのだ。 

「人生を楽しくすごす」ことも効果がある。 

数多くの研究で、寂しさをあまり感じず、結婚に満足している人、一人身でも他人との交わりが多い人は、心臓疾患やアルツハイマー病を発現するリスクが低いということがわかっている。 

 人との交流は難しくて複雑で、脳に負担がかかる 

名前と顔を結びつけなければならないし、新しく知り合った人は経歴を話し合い、次にその人に会ったときに、このような情報を思い出さなければならない。これらの努力が脳に効くのだ。また、自己イメージも重要だ。 

ある研究では、年長者の記憶は、「賢い」「用心深い」「賢明な」「教養ある」など、加齢についての肯定的な単語を見るだけで改善することが発見された。 

 今の中年脳は 20年前の似た境遇の中年脳に比べると、かなりよくなっている。 

教育水準が高まり、富が増えるにつれ、このよい傾向が引き続き上向きになる可能性は、もはや「努力次第」というレベル以上になっている。

  真の年齢とは生後何年経ったかではなく、この先何年生きられるかだ。 

2000年に実施された米国の国勢調査のデータによると、男性は正式には 73歳までは老人にならず、女性では中年の終わりは 78歳である。つまり、年をとった脳が経験する雪崩のような変化は、災難ではない。 

この星が、驚くほど有能な成人の脳の惑星に変わっていくことなのだ。


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コメント: 2
  • #1

    佐藤とよ子 (火曜日, 28 2月 2023 10:13)

    初めてまして。
    突然失礼いたします。ある方のセミナーで、
    ニューロン
     1.繰り返しやればやるほど太くなる。
     2.年をとればとるほど賢くなる。

    2の意味を知りたいのですが、教えていただけますか。
    母の血筋が認知症で私はなりたくないのでお聞きしたいのです。

  • #2

    OGAWA NOTE (火曜日, 28 2月 2023 10:58)

    この記事は、「認知症」とは少し話の本質が異なりますが、以下ご参考まで。

     中年脳は混沌の中から解決策を見出し、無視すべき人物や事柄を見定め、障害物を避けるために曲がるタイミングがわかるのだ。 そして中年期に脳に起こる変化のおかげで、世界を達観できるようになり、ときにはかなり創造的にもなる。
    「アルツハイマー病」などの「認知症による変化」と脳の「老化現象」は違う。長期にわたる研究によって、中年脳はときどき間違いをするものの、その認知的能力は成長し続けることが証明されているのだ。 (" 年をとるほど賢くなる「脳」の習慣 " のBLOG抜粋)

    というコトが" 肝 "ですが、・・・中年になると、些細なことから「脳は衰える一方である」と感じがちですが、最近の研究では、若い脳にはない「中年脳」だけに備わっている能力があることがわかってきた。(これが、本題の"年をとるほど賢くなる「脳」の習慣 "というコト)
    ☞「問題の大枠をつかみ効率よく処理する」
    ☞「物事のつながりを見つけ早期の解決に導く」
    ☞「経験をもとにストレスに対応できる」など、
    こうした能力を認識して行動することで、人生の問題にほとんどぶち当たらなくなる。
    また、最新の研究結果とともに、脳の働きをいつまでも健康に保つためのエクササイズ、食習慣、脳トレなど、中年期から老年期をより良く過ごすための習慣が極めて大切になります!!

    期待されている回答とはちょっと離れているかもしれませんが、補足まで。