自動車産業に優秀な人材が集まらなくなってきた理由


 

 

           2018420日 桃田健史 :ジャーナリスト

 

自動車産業は学生に不人気~世界で進む優秀人材の不足

筆者は3月から4月にかけて欧州各地を巡った後、米国に移り自動車産業や交通行政に関する取材を続けている。 そうした中で、「新しい時代に対応できる人材が大幅に不足している」という言葉を数多く聞いた。例えば、米自動車技術会の総会にあたるワールド・コングレス・エクスペリエンス(2018年4月10~12日、於:米ミシガン州デトロイト)では、ミシガン大学の教授が講演で「電気工学の学部の卒業生は自動車産業界から引く手あまただ。機械工学が中核だった自動車産業は大きく様変わりしたという印象が強い」と語った。また、米デトロイト3(GM、フォード、FCA)各社の幹部は「ウチの息子にとって自動車は単なる移動手段に過ぎない。私が若い頃に抱いたような、クルマに対する夢はなく、就職先として自動車メーカーの優先順位も低い」と肩を落とす。

 100年に一度」なんて大げさ?トップから現場へ危機感伝わらず  

 若い世代が自動車産業に魅力を感じないのは、彼らが「自動車産業は落ち目だ」と思っているからだ。自動車メーカー各社トップ自らが「100年に一度の時代変革」とか「いま我々は時代の崖っぷちにいる」といった主旨の発言をするのだから、若い世代に「これから先、この産業は落ち目になる危険性が高い」と思われても致し方ない。

  自動運転化、パワートレインの電動化、通信によるコネクテッド化という3つの技術領域に加えて、シェアリングエコノミーの台頭によるクルマのモビリティ化が進む中、機械屋が中心の自動車産業界がITクリエイターの世界へと大きく変貌する必要がある。 

 そうした自動車産業の将来がはっきり見えない時に、わざわざ大変な思いをしてまで自動車産業で働きたくないと思う若者が多いのは当然だ。 

 それでもなお、自動車メーカーが今後の事業存続をかけて優秀な人材を確保したいと思うのならば、自動車メーカーで現在働いている社員一人ひとりが「100年に一度の時代変革」に対する強い危機感を共有し、変化を恐れずに前進しようという強い意志を示すべきだ。 

 ところが、現実はそうではない。 

 自動車メーカーのトップは必死で危機感の共有を叫ぶが、仕事の現場では「3年後に量産する次期車両の開発」や「来月の販売目標達成のための営業」といったルーティンワークをこなすのが精一杯であり、自らの手で「100年に一度の時代変革」を起こそうという野心をむき出しにするような社員はまずいない。

そうした社員たちが思う存分活躍できるような社内体制を整えている自動車関連企業にも、未だにお目にかかっていない。 

 筆者は定常的に、複数の自動車メーカーや自動車大手部品メーカーの社内向け意見交換の場、また新規社員採用に関する協議の場などに出席しており、そうした立場でそう感じるのだ。

 規制や規定に合わせるだけの開発でクリエイティブな発想は難しい? 

 自動車産業に従事している者が革新的な発想を持てない主な原因は、昨今の自動車産業が「レギュレーションマッチング」という既定路線を歩んでいるからだ。 

 自動車におけるレギュレーションマッチングとは筆者の造語で、国や地域、または国際機関などが定める規制や規定に、合わせるような車両の開発と販売を指す。 ここでいうレギュレーションとは、排気ガス規制、環境対応車の販売台数規制、そして衝突安全におけるアセスメントなどだ。自動車メーカーはこうした各種規制をクリアすることを基盤として、中期経営計画を立てる場合が多い。

そもそも、道路交通法や道路車両運送法などによって、クルマの走行条件や車両規定という枠組みからはみ出すことができない。

そのため、自動車産業で革新的な発想をすることは難しい。 

 一方、IT産業界でも様々な国際規格はあるが、ユーザー中心のサービス事業という出口戦略を明確にした、マーケントイン型の発想で製品の企画・開発・販売が進むため、企業側には多彩なクリエイターが必要になる。 

 こうしたIT産業的な発想を、自動車産業に盛り込もうとする動きが世界各国であるのだが、主導権は自動車メーカーや自動車部品メーカーではなく、IT大手や通信大手、または行政機関に移っている印象だ。

 日本は振り回されるばかり~レギュレーションマッチングすら難しい 

 そうした自動車産業界が厳しい局面を迎えている中で、4月上旬に米連邦環境局(EPA) が驚きの発表を行った。 

 オバマ政権が2011年に作成した企業別平均燃費(CAFE)を、大幅に見直す。また、カリフォルニア州が独自にZEV法(ゼロ・エミッション・ヴィークル規制法)を1990年から施行しているが、この連邦政府と州政府による排気ガス規制のダブルスタンダードを、不適切だと指摘。

今後は連邦政府の排気ガス規制で一本化を目指すというのだ。日系自動車メーカーはこれまで、販売台数の多いアメリカでのCAFE、さらにEVやプラグインハイブリッド車などの電動車についてZEV法を重視してきただけに、トランプ政権による突然のレギュレーションチェンジに驚いている。 自動車産業が優秀な人材を継続的に確保する方法は何か?  


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