2018.06.04. データは資産、米中主導権争い


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 「すごく怖い。こんな機能はやめてくれ」 米国でそんな投稿がツイッターに広がったのは、2016年秋のことだ。米メディアなどによると米配車サービスのウーバー・テクノロジーズ(ウーバー)が、客がサービスを使っていない時や車を降りた後も位置情報を集め始めたのが引き金だった。ウーバーは「利用者が降車する位置を改善するため」などと説明したが、批判はやまなかった。米連邦取引委員会に「サービスの範囲を超えている」と申し立てていた消費者団体の訴えも踏まえ、ウーバーは利用者が情報収集を拒否できるようにした。知らない間に誰かに追跡されている気味の悪さ。 ショッピングサイトで靴を探すと、次の瞬間、サイトとは関係ないはずのフェイスブックに同じ靴の広告が表示されている。そんな現象はもう珍しくもない。


 「米国でプライバシーはもはやぜいたく品だ」 カリフォルニア大バークリー校教授のスティーブン・ウイーバーは、個人データが勝手に集められ、利用されている現実を多くの人が受け入れてしまっていると指摘。スノデン事件後も、米国人の消費行動はなんら変わらなかったのがその証左だ」と語る。13年、米中央情報局(CIA)職員だったエドワード・スノーデンは、米政府がシリコンバレーなどのIT企業のサーバーから一般市民のデータを大量に収集していたことを暴露。利用者の個人情報が米政府に筒抜けになっていたと明かし、世界に衝撃を与えた。 インターネット発祥の国の理想が色あせ、産業を支える人々の意識にも変化が表れている。見え隠れするのは、中国の影だ。3月、テキサス州オースティンで開かれた「サウス・バイ・サウスウェスト」。シリコンバレーなどが生み出す最新テクノロジーを発信するイベントに、世界から7万人が集まった。 「中国はシリコンバレーよりずっと早いスピードで動いている」 会場の一室で、中国進出を狙う米企業のコンサルタントなどを手がけるベイ・マクローラン(35)が熱っぽく語っていた。約30人の起業家が「企業買収のリスクは」「現地企業と提携する道は」と質問を浴びせた。

 

 マクローランはアップルを含め10年働いたシリコンバレーを4年前に離れ、香港に渡った。あらゆるものがネットにつながる時代になれば、中国の独壇場になる」と考えたからだ。 家電や自動車もネットにつながり、集められる大量のデータが消費行動の把握やAI(人工知能)の開発に生かされる。データ自体が資産となれば、14億人の市場は新たな魅力を持つ。 しかし、その市場は共産党の絶対的な支配の下にあり、政府は企業に情報の検閲や提供を迫る。飛び込むことに躊躇はないのか。

 

 マクローランの答えは割り切ったものだ。 「欧米でも市民の知らないところで政府が個人情報を集めてきた。中国政府は情報を集めていることを隠さない。中国のほうが透明性があるくらいだ」(サンフランシスコ=宮地ゆう、ワシントン=香取啓介)

 

  ■中国、国際秩序狙い取り込み

 中国と米国はネット空間の主導権を巡り、せめぎ合いを続ける。昨年12月、中国浙江省で政府などが開いた「世界インターネット大会」には、米アップル最高経営責任者のティム・クックら著名経営者が顔をそろえた。国家主席の習近平(シーチンピン)は祝電で「インターネットの発展は各国の主権や安全に新たな挑戦をもたらした」とし、その国際ガバナンスが変革期に入ったとの認識を示した。 大会には、アフリカのブルンジ、エチオピア、ジンバブエなどが情報通信担当の政府幹部を派遣した。

習の知恵袋とされる党最高指導部メンバーの王滬寧(ワンフーニン)はタイの副首相に「ネットガバナンスの体系をともに構築したい」と呼びかけた。

 ネット空間の国際秩序を巡る争いについて、米外交問題評議会のアダム・シーガルは「米中が直接やり合うというより、第三国をいかに取り込むかが主戦場になっている」と指摘する。 中国はシルクロード経済圏構想「一帯一路」を使ってITインフラ開発にも投資。マレーシアは中国のIT企業から警察用の特殊カメラを購入。エチオピアやケニア、ブラジルでも治安機関が中国の顔認証システムを導入する動きがある。 米国は、日本を含む30カ国でつくる「自由オンライン連合」などを通じて中国式のガバナンスを牽制するが、シーガルは「報告書を出すだけの連合と、金を持ってくる中国。米国は後れをとっている」と語る。

 自由を標榜する欧米にも、隔たりが生じている。 欧州連合(EU)加盟国を中心とする欧州31カ国は5月、個人情報を域外に持ち出すことを原則禁じる「一般データ保護規則」(GDPR)を導入。世界で最も厳しいとされる規制を敷いて、「人権のための管理強化」に乗り出した。違反すれば、最高額で2千万ユーロ(約26億円)か、全世界の売り上げの4%の多い方を制裁金として科す。 背景には欧州の強い危機感がある。スノーデン事件で、欧州議会は「市民の権利を守るために、必要なことがほとんどされていない」と規制強化を求めた。フェイスブックが持つ膨大な個人情報が英国の選挙コンサルタント会社に流出した疑惑も浮上し、ネット空間の無秩序さへの警戒感は高まっている。 「我々は個人情報を保護するために、欧州の主権を打ち立てようとしている」 GDPRを推進するフランス大統領のマクロンは、人権を守るべき米政府が企業に寄り過ぎ規制が甘いと批判。中国も「過度に中央集権的で、我々とは価値観が異なる」と語り、両者のいずれとも違う「欧州モデル」を模索する。=敬称略(北京=福田直之、ブリュッセル=津阪直樹、パリ=疋田多揚) 

 

 ■「見えない国境」による支配 編集委員・須藤龍也

 

 インターネットは国境のない自由な世界と思われがちだが、実は「見えない国境」に支配されている。中東の民主化運動「アラブの春」で、エジプトのネットが一時的に使えなくなった。トルコでは昨年、「ウィキペディア」への接続が遮断された。 政府によるネット遮断は、「サイバー主権」のいったんが顔をのぞかせる瞬間である。

自由を理想としていたはずの米国でも、スノーデン事件でネットが国家の監視下にあることが暴露された。

 中国は、国家によるネット管理の象徴といえる存在だ。中国版LINE「微信」は、利用者の情報を当局に送信する趣旨の規約への同意を求める。政権に都合の悪い情報へのアクセスは封じられ、フェイスブックなどにも接続できない。 政府のネット検閲システムは、万里の長城になぞらえ、通称「グレート・ファイアウォール」と呼ばれる。米人権団体が「世界で最も不自由なインターネット」とするゆえんである。 体制維持のための管理システムは中国ネット世界の特異な発展を生み、ITと社会の新たなあり方を示す。世界最大のネット人口となお倍近い伸びしろを持つ市場で、独自の技術やサービスが育っている。監視カメラなどネットにつながるIoT機器が膨大な情報を集め、データが富を生む新たな経済をリードする。 この現実をどうとらえるか。検閲にさらされるインターネットは、私たちの望む将来ではないだろう。米国がスノーデン事件でつまずき、その教訓を踏まえ欧州がGDPRを作り上げた。欧米の足並みが乱れるのを尻目に中国が存在感を膨らませ、サイバー空間の秩序づくりは混沌としている。ネット上を流れるデータは国家による囲い込みが強まり、「見えない国境」が可視化されつつある。 憲法で「通信の秘密」が保障される日本では、国家の介入を許すまいとする民間通信事業者の自負に ネットの自由が支えられている側面がある。一方で政府は国際的な議論に加われず、そのことに危機感を訴える声もほとんどない

                                                                                                                                                                             @朝日新聞


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