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中露と欧州は“崩壊の危機”に直面

なぜトランプが「大失敗」しても日本の安全保障は保たれるのか?

2025.02.03

 by 島田久仁彦 

想定の範囲内とは言え、大統領への返り咲きからの2週間で早くも国際社会を大きく翻弄するトランプ氏。あくまでアメリカ第一主義を押し通す「トランプ2.0外交」は今後、世界をどのような状況に導くのでしょうか。元国連紛争調停官の島田さんが、トランプ劇場の裏で進みつつあるグローバルな絆の崩壊について詳しく解説。その上で、今後の国際情勢が第2次世界大戦勃発時のような無秩序な状態に置かれかねないという懸念を記しています。



進む「グローバルな絆の崩壊」トランプ劇場の裏で何が起きているか

「私が最も誇りに思うレガシーとは、平和をもたらし、人々を一つにまとめる存在となることだ。それが私の望む姿だ」

トランプ大統領が就任式で宣言した“自身が目指すもの”の内容です。世界中の誰もが彼にそうあってほしいと強く望むことですが、果たして実際にはどうでしょうか?

新しいトランプ政権の陣容を見る限り、国際政治や安全保障についての見解や志向は一枚岩とは言えません。

あるグループは「アメリカが国際政治の中心として世界の諸問題に関わるべきだ」と主張して提案し、別のグループは「地域によって外交政策に優先順位をつけるべきで、今後は欧州やウクライナではなく、アジアや中国政策に軸足を置くべき」だと主張して提案をし、そして3つ目のグループは「終わりの見えない戦争をさっさと終わらせて、アメリカは一切その後に起こることから手を退くべき」と主張して、政策提言をするグループと、大きく分けて3つのグループが政権の中枢に存在すると分析します。

どのような政策提言が上がってきても、最終的にトランプ大統領がそれらをバランスよく吟味し、方針を明確に打ち出せるのであればよいのですが、どちらかというと場当たり的で、発言によって国内外の注意を惹くことに重点を置くトランプ大統領に、一本筋が通った、誰もが納得するような外交・安全保障政策を実施し、国内外を一つにまとめるような策があるとは思えません。ただ、この外交方針が異なる3つのグループがすべて納得できるテーマが存在します。

それこそがトランプ大統領が事あるごとに打ち出し、口にする【貿易・関税・移民に関する政策と方針】で、国際政治および協調体制にとっては不幸で、かつグローバル経済体制を根本から崩壊させかねないものですが、今後、トランプ外交の主軸に据えられ続けることは、恐らく間違いないだろうと考えます。

関税政策であっても、移民政策であっても、標的にされた国がアメリカに対して報復措置を取る場合、実は関税の悪影響を被るのは、相手国の国民や経済ではなく、価格に関税分が添加されてさらなるインフレに直面する米国民とアメリカ経済になるため、確実に冷え切った国際経済の協調体制が崩壊し、大きな経済危機と様々な安全保障上の危機が頻発する可能性が高まります。

政権発足後、最初の“関税措置の脅し”は、移民の強制送還の受け入れを拒んだコロンビアに対して用いられ、一時は相互に報復関税をかけあうような事態になりましたが、コロンビア側が矛を収め、相互に取り消される事案が発生しました。

今後、同様に関税措置を脅しに用いた外交が頻発するものと思われますが、政権発足前から「メキシコとカナダには25%、中国には最高で60%の関税を課す」という宣言が実行に移され、対象国との間でチキンレースが繰り広げられるような事態になれば、世界経済に対する大きな混乱は避けられないものになると考えられます。

 

プーチンに妥協を迫る材料にはならない「関税措置」

すでにご存じの通り、ロシアとウクライナの停戦協議において、ロシアのプーチン大統領に対しても“関税措置”および“追加制裁”の可能性を交渉カードに用いようとしているトランプ大統領ですが、それが果たしてプーチン大統領に妥協を迫る材料になるかは不透明です(恐らく、答えはNOです)。

ただ、トランプ氏自身は、いろいろな人に聞いてみても同じなのですが、アメリカが戦争することや直接関わること(米軍の直接介入を伴うもの)に全く関心を持っておらず、今後、トランプ氏がディール・メイカーとして関わるロシア・ウクライナ戦争や、イスラエルとパレスチナ、ハマス、ヒズボラ、シリアなどの間の武力紛争の“解決”にあたって、アメリカのリソースを使うことなく、見栄えの良いところだけ取って、諸々の処理を関係国に求めて、“アメリカは国際紛争から手を退く”という3つ目のグループが推す姿勢が強くなることが予想されます。その兆候がすでに表れているのが、ガザ情勢を巡る“後始末”です。バイデン政権最終盤に成立し、発効したイスラエルとハマスの戦闘一時停止と人質の解放を含む停戦合意は、解釈の違いや小競り合いは起こったものの、今のところ順調に進められていると思われます。

すでにガザ地域内で南部から北部に向けた数十万人単位でのガザ市民の移動・帰還が始まっていますし、人質の解放も進められています。このまま戦闘の休止が継続し、人質の解放が順調に進み、“恒久停戦”に向けた交渉に移行できれば良いのですが、今回の停戦実現に貢献したトランプ大統領自身が、今後の中東地域でのデリケートな安定を一気に崩しかねない主張を行っています。

それは、トランプ大統領がヨルダンとエジプトに求めた“パレスチナ人の受け入れ”拡大の要請です。

すでに隣国ヨルダンは150万人強のパレスチナ難民を国内に受け入れていますが、トランプ氏は追加で同数以上のパレスチナ人を受け入れることを求めていますが、すでに受け入れのキャパシティーを越えているとして、拒否する姿勢を明確にしています。

またエジプトに対してもパレスチナ人の受け入れを求めていますが、パレスチナ人の受け入れにおいて、これまでにハマス系の要員がエジプト国内に流入し、政敵であるムスリム同胞団とハマスの密接な関係に苦慮しており、受け入れには非常に後ろ向きです。

イスラエル国内のユダヤの力などの極右勢力は、トランプ大統領の提案が自分たちの要求に100%合致するものとして大歓迎していますが、イスラエル軍が“ガザ停戦”の背後で進めるヨルダン川西岸への攻撃と、政府によるユダヤ人入植地の拡大の施策と相まって、「これはパレスチナ人というアイデンティティを根本から崩壊させる企てであり、決して許容することはできない」と、ファタハはもちろん、アラブ諸国からも激しい非難が浴びせられています。

「アメリカは直接コミットしないが、周辺国が問題解決にあたることに対しては支援を行う」という方針と方向性がここで具現化しているように見えます。

果たしてどこまでこの提案が実行に移されることになるのかは分かりませんが、もしトランプ大統領が“××の一つ覚え”のようにアラブ諸国に対して関税措置の脅しを交渉カードに用いることになれば、アラブ諸国の反発は避けられず、そしてすでにアメリカ依存度が下がっている現状に鑑みて、スルーするか、対抗措置を取ることになると思われます。

 

起こり得るトランプ政権の中東地域からの撤退

その背景にあるのが、アラブ諸国と中ロとの多方面での連携の強化です。すでに中国とサウジアラビア王国、イラン、UAEなどは、戦略的パートナーシップ協定を締結していますし、ロシアも各国と安全保障に関する協力関係にあることから、アメリカを失うことによるロスはゼロではないにせよ、さほど大打撃をこうむるようなことにはならないという計算が働くのではないかと思われます。ただトランプ政権にとっても、アメリカ政府にとっても、戦略上、中東地域やアラブを失うことは出来ず、特にイスラエル防衛の観点からは、イスラエルの周辺国との良好な関係と、アラブとイランの接近を阻む必要があります。

トランプ大統領が再三バイデン政権の非難を行うネタの一つが、中国に中東における影響力を奪われたという事例です。

イランとサウジアラビア王国の外交関係の樹立や、パレスチナの諸勢力の結束を高めるディールをことごとく中国に水面下で実行され、アメリカの面子を潰されただけでなく、反イスラエルのアラブとイランを作り出すことに繋がるとの恐れが高まったのは、まさに中国がアメリカを出し抜き、勢力圏に侵入した事案と捉えられています。

ちなみに中国の世界戦略のバックボーンになっている方針は【米国の力を後退させる・弱体化させるものは中国にすべて有利に働く】というものであり、まさに中東における影響力の伸長と友好的な関係(互恵関係)の強化は、中国のこの方針を見事に実現しているものと分析することが出来ます。

アメリカのトランプ政権が、過度にイスラエルの擁護をすればするほど、中国の中東における影響力は高まり、ロシアの態勢の立て直しにも寄与し、そして場合によっては、アメリカとイスラエルの分離も進めることに繋がりかねないというのが、中国の狙いだと感じられます。

それはヒズボラとイスラエルとの間の停戦合意の内容が履行されず、期せずしてイスラエル軍の緩衝地からの撤退が遅れていることや、「懸念の払しょくのため」と題して、イスラエル軍がヒズボラの施設を引き続き攻撃していることは、いつレバノンが再び発火点になるかわからないという懸念を増大させることになりますが、これまでのところ、本件に対してトランプ政権が何かしら前向きな動きをとる気配は感じません。

実際に、停戦監視を担うアメリカとフランスの取り組みはすでに機能不全であることが明らかになっており、それゆえにイスラエルの横暴が増長しているというのが大方の印象のため、不安定極まりない隣国シリアの窮状と相まって、その鎮静化に役立つことができないアメリカ(と欧州各国)の中東におけるプレゼンスの著しい低下が覗えます。

これにより、何が起きうるでしょうか?

一言でいうと【中東地域からのアメリカの撤退】です。

イスラエルのネタニエフ首相は必死になってアメリカを中東に再度介入させ、泥沼に引きずり込もうと策を練るでしょうが、アラブ諸国がアメリカを今後受け入れることが無くなった場合、アラブとの衝突なしにはアメリカは地域への介入ができないことになりますので、実際にはアメリカの撤退がさらに加速することに繋がると考えます。

中東から撤退したら、その代わりに世界戦略において、トランプ政権はしばらく中国とアジアへのコミットメントを高めると同時に、カナダとメキシコを名実ともに傘下に組み込んで一大経済圏を確立させ、それをアジア地域とオセアニア(オーストラリアとニュージーランド)と連結させることで自らの独自の経済・影響圏を築く方向に進むのではないかと考えます。そして環太平洋で互いに補完し合い、一大勢力圏が築かれていくものと見ています。

 

衰退が確実となる欧州と持続不可能な状況に陥る中国

そこから取り残されるのが、欧州と中国です。

欧州については、トランプ政権がもし宣言通りにNATOへのコミットメントを著しく下げ、「欧州の安全は欧州各国が自分で守るべき」という態度で臨むことになれば、たちまちウクライナの今後を欧州が背負う羽目になり、かつロシアからの直接的な脅威に晒されることで、安全保障面ではもちろん、経済的にも大きな危機に直面することになります。

欧州独自の安全保障は、フランスのマクロン大統領が提唱する考えではありますが、すでにマクロン大統領はフランスでの求心力を失い、国内の経済運営に大失敗をしたことで、極右勢力の台頭を許し、実質的に創造的な政策を実施できない立場に追い込まれています。

またフランスの盟友(であり永遠のライバル)のドイツも、ショルツ首相の大失態から2月に総選挙という負け戦を強いられ、極右でかつウクライナ支援に非常に否定的なAfD(ドイツのための選択)が大きく票を伸ばすような土台を作ってしまったことで、今後、“自由主義的な国際秩序”の一翼を担うことを誓って生まれ変わったドイツの国内制度が立ち行かなくなる危険性に瀕しているため、どこまで欧州のために踏ん張ることができるかは不透明です。

欧州全体の傾向として、人口の減少と低成長の固定化、膨らみ続ける域内での債務問題の深刻化などに直面し、もしかしたら近々、EUが崩壊する可能性を秘めているように見えます。

そうなると、ドイツは個として生き残る経済を保てるかもしれませんが、あとの国々は深刻な問題に各国内で直面することになりかねません。ゆえに、国際秩序の担い手にはなり得ない運命が待っており、確実に欧州の衰退が現実になります。

そして状況がさらに深刻なのが、中国です。

経済成長は続けているものの、かつての高成長の中国は見る影もなく、底の見えない不動産業界の衰退とそれに引きずられる金融部門の危機人口の著しい高齢化傾向、そして政治における個人崇拝の異常なまでの高まりという複合的な危機により、国家の運営がままならない危機に陥っているのではないかと思われます。

そのような中でも急ピッチで軍拡、特に核戦力の拡大は進められ、台湾併合という宿願に向けた軍事力の拡大と政策の転換、そしてYESマンを集める極端な人事と粛清の脅しなどの強化などは、すでに中国をグローバル経済から切り離し、孤立を深めさせる方向に押しやっているように思います。

トランプ政権からの厳しい対応と対米対立を見込んで、微笑みの外交で日本や東南アジア諸国、永遠のライバルであるインドなどに接近し、蜜月関係をアピールして、何とか独自の勢力圏を保ち、拡大して、来るアメリカとの対立に備える体制を築こうとしていますが、グローバルサウスの台頭と、周辺国による中国包囲網の形成に阻まれ、今後、高すぎる食糧とエネルギーの対外依存および工業製品の輸出依存型の経済成長モデルが崩壊し、下手するとトランプの4年間さえ国がもたない可能性さえ囁かれる事態です。

ペンタゴンや米軍が「中国は遅くとも2026年には台湾に攻撃を仕掛け、さらにはアメリカの軍事力と肩を並べるようになる」という、防衛予算増額目的の“脅威”を表明したこともありますが、実際にはその中国さえ、このままだと持続不可能な状況に比較的短いタイムスパンで陥る可能性が懸念される状況になってきています。

 

無秩序で力がすべてものを言う状況に戻りかねない国際社会

トランプ大統領は、自らの保身と終身権力の座に留まりたいという欲から、矢継ぎ早にいろいろな政策を打ち出し、国内外に大きな混乱をもたらすことになるでしょうが、2年後の中間選挙でもし上下院どちらか(または両院)で共和党が過半数を失うような事態になれば、一気にレームダック化し、政策・方針は悉く停滞し、何もさせてもらえないまま、4年後の大統領選で共和党の候補が負け、そして自身が訴追されるという悪夢を生むことになりかねません。

それを避けるために、ロシア・ウクライナ戦争の停戦も、中東における戦闘の停止も急ぐことになりますし(たとえ中身が全くないものであったとしても)、関税という諸刃の剣を使ってでも、中国に圧力をかけて、一見アメリカに有利になったような合意をさせて成果をアピールすることになると思われますが、その際、「果たして中国がそのアメリカとの面と向かっての衝突」を耐えきれるかどうかは懸念されるところです。その危険性に自ら気づいているからこそ、中国はその場しのぎと言われても周辺国との関係修復に乗り出し、アメリカと対立構造が強まった際に、そのショックを和らげたいと尽力しているように見えます。

運よくすべてがトランプ大統領の思惑通りに進み、ロシアとウクライナの停戦が成立し、中東にしばらくの安定が訪れ、中国も他国もアメリカ第一主義に貢献し、そしてアメリカ経済が上向くような奇跡が起これば、トランプ氏が就任式で宣言したレガシーが生まれることになり、そしてアメリカ中心の新国際秩序が出来上がって、諸方面で安定が復活することになりますが、果たしてそんなにうまくいくでしょうか?

どこかで大失敗を喫した場合、世界は再び第2次世界大戦勃発時のように無秩序な状況に戻り、力がすべてものをいうような世界になるかもしれません。その場合、周囲を海に囲まれ、煽っても反抗できないカナダとメキシコという経済圏を持ち、カナダ、メキシコ、アメリカだけでエネルギーも食料も自給できてしまい、かつそれぞれの産業もすべてまかなえてしまうGreat Americaは間違いなく存続し、それと連結するアジア太平洋地域(そして広域アジアとしての中東)も、海上の秩序がそのアメリカによって保障される限りは大丈夫だと思われますが、欧州、中国、そしてロシアは崩壊の危険に直面することになるかもしれません(もしかしたら、欧州、中国、ロシアとその周辺が新たな勢力圏を構築するようなウルトラCがあるかもしれませんが)。

ここまではっきりと分裂する世界がすぐに生まれるとは考えませんが、そのような予測不可能な世界が生まれた場合、どのように立ち振る舞い、生き残っていくのか。

妄想だと批判されるかもしれませんが、今からいろいろなシナリオを考え、具体的な対応策を練っておく必要があると考えます。

 

何かまとまりのない感じになってしまったような気がしますが、以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。

 

) 2025131日号より一部抜粋


 

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