2ナノ半導体“新技術”で成功、協力企業も続々
勝又壽良
2024年12月19日
日本の半導体産業が再び世界の舞台で輝きを取り戻そうとしている。
国策半導体企業ラピダスは、IBMとの共同研究により「2ナノ」技術で世界初の成果を達成。
これにより、技術的なリードを取り戻すだけでなく、日本国内外の企業や研究機関との連携を強化し、半導体分野での新たな地位を築きつつある。本記事では、ラピダスの技術力の実態と、それを取り巻く期待と批判について詳しく解説する。
日本半導体の未来は明るい
日本では半導体について、未だにトラウマにとらわれている人々が存在する。国策半導体企業ラピダスについて、悲観情報を流し続ける一群の人々だ。この特徴は、ラピダスの現実の技術開発過程に関する情報を把握せず、古い技術知識でラピダスを論評している。日本の半導体開発力を、驚くほど低評価しているのだ。「腐っても鯛」という言葉を忘れている。こういう「誤解」を一掃するニュースが報じられた。米サンフランシスコで開催されている「国際電子デバイス会議(IEDM)」で12月9日、ラピダスとIBMが2ナノ半導体の研究成果を発表したのだ。対外的公表は、今回が初めてである。
2ナノ品のトランジスタ(半導体素子)は、GAA(ゲート・オール・アラウンド)と呼ばれる複雑な構造を使っている。
電気が、微細な回路から漏れないように特定の層に絶縁膜をつくるSLR技術で成功した。これは、世界で初めての成果である。
電圧を細かく制御でき、少ない電力で複雑な計算処理がこなせるようになった。
実際に技術開発を担ったのは、ラピダスの富田一行氏である。富田氏は、「ラピダスの北海道工場にこの技術を導入し、先端品の製造につなげる」とコメント。
IBMは、「(2ナノチップの)厳しい技術要件を満たすことができた」とした。『日本経済新聞』(12月10日付)が報じた。
詳細な内容については後で取り上げるが、従来の古い2ナノチップ製造法のFinFETを上回り、TSMCやサムスンを技術的に追い抜いたのだ。
日本は、再び半導体トップへ立てる希望を持てる段階へ到達した。意味もなく、トラウマに固執して卑下することは、余りにも非生産的な話である。これは、ラピダスが最先端半導体製法で世界トップに踊り出たことを意味する。
しかも、ラピダスは半導体製造過程の「前工程」と「後工程」の全自動化にも世界で初めて成功している。
これによって、納期は66%も短縮化できる見通しまでついている。ラピダスの技術開発過程をつぶさに把握すれば、ラピダス批判は的外れであることが分るであろう。
技術を無視の謬見(びょうけん)横行
つい最近、驚くべき「ラピダス批判」が報じられた。筆者は、慶応大学大学院教授の小幡績氏である。
「半導体のラピダスはこのままでは99.7%失敗する」(『東洋経済オンライン』11月17日付)としている。その根拠として、次の3点を上げている。
1. 場所(北海道千歳市)が悪い。輸送コストもかかり、人材など半導体関連のリソースも少ない。半導体製造に向く水質でない
2. 提携先がよくない。すでに勝ちが確定している企業ではない。ファウンドリー(受託製造企業)中心とするならば、提携先は
すでに勝ち組となっているか、圧勝確定の相手でなくてはならない
3. 戦略がはっきりしない。そもそも目的がはっきりしない。
研究なのか、開発なのか、製造なのか。雇用なのか、地域開発なのか、日本経済成長なのか、それとも経済安全保障なのか
以上3点の批判について検討してみたい。
1)北海道千歳市には、千歳空港があるので半導体製品の搬出には極めて便利である。素材の輸送では、企業が特別対応する準備に入っている。人材供給ソースは、北海道大学と道内4つの高専が存在している。すでに、4校共通の半導体教育カリキュラムも編成されている。北大は、台湾の半導体専門の陽明交通大学と学術提携を結んだ。
国内では、九州大学・東北大学も陽明交通大学と提携関係を結んでおり、国内3大学は学術連携を強化する。水質では、排水にPFAS(有機フッ素化合物)が含まれるのが問題だ。ラピダスは、千歳市と排水水質検査協定を結んだ。TSMC熊本工場もPFAS問題で、地元と協定し監視体制を強化している。千歳は、水量豊富である。
2)提携先がよくない、という意味は何を指すだろうか。考えつくのは、米IBMであろう。
IBMは、パソコンも手放しており一見、「負け組」に映るのかも知れない。
IBMは現在、製造部門を持たないが、AI(人工知能)、クラウドコンピューティング、データ分析などの先進技術を活用して、
製造業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を支援している。豊富な資金力で、戦略的な分野で買収を積極的に行っている。
「負け組」どころか、トップランナーである。
3)戦略がはっきりしない、とはラピダスの本質理解が欠けている。あくまでも、最先端半導体「2ナノ」メーカーである。
ただ、日本の半導体が「40ナノ」までしか生産していない限界を補うべく、海外の有力半導体研究機関と研究面で提携している。これが、ラピダスをして研究機関かメーカーか見間違う状態を生み出したのかも知れない。
ラピダスは、こういう研究機関と幅広い提携によって、世界の半導体研究成果を一手に吸収し、わずか創業2年余で世界レベルの実績を上げられたのだ。
この努力は、称賛されるべきであろう。
現に、「前工程」と「後工程」の全自動化を世界初で実現している。後工程は、多くの労働力を必要とする分野である。
そこを自動化したことによって、製品歩留まり率は飛躍的に高まるはずだ。半導体企業の収益性は、この製品歩留まり率の如何で決まる。サムスンが、「5ナノ」半導体で20~30%の歩留まり率に止まり、大赤字に陥っているほどだ。
後発のラピダスが、全自動化に成功したことは、原理的に言えば「歩留まり率100%」という信じがたい成果に達することになる。
ラピダス世界一技術へ
ここからは若干、技術的な話になる。
これを押さえることによって、ラピダスがなぜ先行半導体企業TSMCやサムスンよりも、技術的優位な立場になったのか。その意味が、具体的に納得できるであろう。
IBMは、2ナノ製造プロセスのGAA技術の開発に成功し、特許を取得している。だが、実用化する技術を持っていない。
そこで、日本へ製品化への話を持ち込み、ラピダスが創業された。ラピダスは、前述の通りIBMのGAA技術の製品化に成功した。
IBMは現在、製造部門を持たない企業である。技術開発をするが、製品化技術を持たないのだ。これは、技術開発力と製品開発力が別個の存在であることを示している。この両者の一体化によって、初めて製品が世の中へ送り出される。
世界の半導体ファンドリー事業(受託生産)で、6割のシェアを持つ台湾TSMCと1割シェアの韓国サムスンは、それぞれ独自のGAA特許を持っている。
だが、製品化する新技術を確立していないのだ。そこでやむをえず、従来のFinFET技術を採用している。
ラピダスが、確立したSLR技術とはどれだけの差があるのかみておきたい。
1. FinFETは、「2ナノ」半導体以下で高性能の実現が難しい
2. FinFETは、低い消費電力で作動しないので、モバイルデバイスやIoTデバイスなどの省電力が困難である
3. FinFETは、製造プロセスが比較的単純なので、複雑な構造の半導体製造に向かない
上記の3点をみれば、FinFETが今後のさらなる微細化する最先端半導体製造で多くの限界点を抱えている。ラピダスは、この限界をSLR技術で見事に突破したのだ。
ここで、半導体技術開発の歴史的エピソードを取り上げたい。
FinFET構造は、1989年の国際電子デバイス会議で日立製作所の研究グループによって提唱されたデルタトランジスタが最初である。
GAA構造は、1988年に東芝の研究グループによって提唱されたのが最初だ。フラッシュメモリの発明者・舛岡富士夫氏が含まれている。
以上のように、世界半導体技術の開発では日本技術陣が全て基礎を提供している。
この実績が、ラピダスの富田一行氏によってGAAのSLR技術を生み出した背景にある点を記憶に止めたい。
冒頭で「腐っても鯛」と記したのは、こういうエピソードがあるからだ。
ラピダスは、「短TAT生産システム」を掲げている。製造プロセス全体の効率を高めるシステム改革である。
TATとは、製造の各工程にかかる時間を指す。短TAT生産システムは、この時間を最小限に抑えることを目指すものだ。具体的には、以下のような特徴がある。
1. 各工程の処理時間を短縮し、全体の生産サイクルを高速化する
2. 多様な製品を効率的に生産できるように設計する
3. 製造ラインの変更や調整が容易で、需要の変動に迅速に対応する
他の半導体メーカーも、同様の効率化技術を採用している。ラピダスの短TAT生産システムは、特に、多品種少量生産に対応できる点で他社との差別化を図る。
この決め手が、「前工程」と「後工程」を接続した全自動化である。これによって、納期を6割も短縮できるメリットが生まれるのだ。
通常、多品種生産少量は納品までに時間がかかるもの。この難点を解決して「短納期」を実現できるので、対ユーザー交渉で大きな武器になる。
TSMC一強の危機感
ラピダスの総合的な「強み」は、しだいにユーザーに知られてきたようだ。TSMC「一強体制」の弊害が認知され始めてきたことに現れている。
一つは、地政学的な理由である。
「台湾有事」が起これば、世界の最先端半導体供給がストップする。ラピダスが、こういうリスクをカバーできるとの認識が広まっているのだ。
サムスンは、「5ナノ」半導体で低い歩留まり率によって採算が不可能な事態に陥っている。
この結果、TSMCとラピダスが二大ファンドリーとして世界を牽引するという期待が高まってきた。
半導体の国際展示会「セミコン・ジャパン」が12月11日、東京ビッグサイトで開幕した。
オープニングイベントに登壇した甘利明・前衆院議員(半導体戦略推進議員連盟名誉会長)は、・・・
「先端半導体の生産を台湾積体電路製造(TSMC)1社が担うことが世界最大のリスクだ。ラピダスの意義はそこにある」と語った。
TSMCは技術で先行し、米エヌビディア(NVIDIA)をはじめAI半導体など先端品の受託生産をほぼ独占している。
甘利氏は、「台湾海峡が封鎖されれば、先端半導体のほとんどは供給が止まる。リーマン・ショックの何倍もの衝撃がある」と指摘した。
こうした国際情勢の変化に合せて、ラピダスへの期待が高まっている。
エヌビディアも最近、ラピダスへの発注に言及している。「TSMC1社への発注はリスクを伴う」と同社ジェンスン・フアン社長が発言するほどになってきた。この裏には、ラピダスの技術水準がTSMCを凌駕する段階まで発展している事実を把握している結果であろう。
前記の「セミコン・ジャパン」オープニングイベントでは、光電融合の実用化に向けた発言もあった。
NTT会長の澤田氏は「(極めて薄い膜で構成した光源を利用する)メンブレン型の半導体レーザーの実装で、ラピダスと共同研究したい」と意欲を示している。
ラピダスの業界地位は確実に上がっている。
テンストレントが援軍
新規の「援軍」が現れた。AI半導体設計の米新興テンストレントは、日本国内で先端半導体の設計受託事業を始めると発表した。
テンストレントは、すでにラピダスと10年間の業務提携を結んでおり、「AIアクセラレータとCPUを結合した」半導体の製品化を急いでいる。自動運転やデータセンターなどの需要も開拓する。海外企業の日本進出が呼び水となり、国内の半導体産業の底上げにつながるとの期待が出てきた。テンストレントは、早ければ24年内にも東京都内に拠点を設ける意向だ。25年末には40人規模の設計技術者を集め、早期に100人規模の開発体制を築く。新拠点では、先端半導体の設計工程を顧客の要望に応じて請け負う。車の自動運転やロボット制御といった日本が強みを持つ製造業の需要などを取り込む。最先端の回路線幅3ナノや、次世代の2ナノ半導体の設計受託を想定している。『日本経済新聞 電子版』(12月10日付)が報じた。
テンストレントは、顧客から設計を受託した半導体の量産を、ラピダスへ委託することも検討するという。
こうして、ラピダスはテンストレント経由で顧客を獲得できる可能性が出てきた。
同社のジム・ケラーCEOは、「スピードを重視するラピダスと協業することで、日本でより優位なビジネスを展開できる」と話す。
ラピダスは、スピード経営を評価されるに至った。
テンストレントは、2016年に設立された新興企業だ。だが、同社を率いるケラー氏は、米アップルや米アドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)、米テスラで半導体設計を手掛けてきた実績がある。こうした経歴を買われて、12月には米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏などから6億9,300万ドル(約1,040億円)の出資を受けている。テンストレントは、日本を舞台にして半導体設計業務の拡大方針だ。ここで得た受注は、ラピダスが生産する「分業体制」が生まれる可能性も見せ始めている。ラピダスの技術水準が、世界的存在のテンストレントによって太鼓判を押されたといえよう。
だから、テンストレントはあえて東京都内に開発拠点を設け、25年には100人規模へ拡大する計画を立てたのであろう。
ラピダスと、「二人三脚」体制を確立させようというのだ。
※) 記事一部抜粋
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