日の丸半導体「ラピダス」に死角アリ 


戦略的視点の欠如がもたらすリスクとは?

20241211日更新

[佐藤匡倫,ITmedia]

 半導体が“日本株式会社”の命運を決めることになる――。

国は、2030年度までにAI・半導体分野の企業へ10兆円以上の公的支援を行う方針を示している。その中心的な存在として注目されるのが、北海道千歳市で次世代半導体工場を建設中の Rapidus(以下、ラピダス)だ。202224年度において研究開発費や工場建設費として約9200億円の支出が決まり、さらに2024年度の補正予算案では、追加で約8000億円が計上されている。この国家プロジェクトが未来の産業競争力を担うと期待される一方で、どのような課題があるのか。



 早稲田大学大学院経営管理研究科の長内厚教授は、自身の著書『半導体逆転戦略 日本復活に必要な経営を問う』(日経BP 日本経済新聞出版)のなかで、半導体はAIIT技術の進化を支える重要な要素である一方、日本のシェアはかつての50%から10%に低下したことを指摘。

その背景には、日米半導体協定による価格決定権の喪失や、技術偏重で戦略が欠如している点を挙げている。

 一方、韓国や台湾は規模の経済を追求し、大量生産と標準化によって競争力を強化してきた。

日本が再びリードするには、技術開発だけでなく、収益を確保するためのマーケティングや営業戦略、価値獲得への注力が必要だと、長内教授は指摘している。

 1128日、長内教授を講師に「半導体産業の未来と北海道経済へのインパクト」をテーマに札幌市で講演会が開催された。

その内容を基に、半導体産業の未来と課題を掘り下げていく。

ラピダスの「死角」 サムスン・BYDにはない課題とリスク

  日本企業は、新しい技術や製品を開発し、付加価値を生み出す「価値創造」の能力は非常に高い

一方、その生み出された付加価値を市場で収益として確保する価値獲得」の戦略が他国のそれと比べ、十分ではないと長内教授は指摘する。

長内教授は「価値獲得」に重きを置いている企業の例として、米DELLを挙げた。

PC事業で世界トップレベルの成功を収めている同社は、製品の開発や生産を自社で実行せず、部品の調達とデリバリーに特化することによって事業価値を最大化している。顧客ニーズに即応する効率的な供給体制を構築し、価値創造」よりも「価値獲得」にフォーカスしたモデルによって競争力を確立した。

 韓国のサムスン電子も例に挙げ「1970年代に日本の技術支援によってNECからサムスン電子へモノクロテレビの技術が提供されました。当時の日本は、先進国向けにカラーテレビを売ることに重きを置いていました。サムスンは、当時の新興国ではテレビは高級品の一つであったことから、一世代前の技術でも新興国であれば、売れるのではないかという発想に至りました」と説明した。

 「そこでインドや中南米、アジア、アフリカなどでモノクロテレビを販売し、莫大な収益を得ました。その収益を元手に半導体に投資し、半導体で得た収益を液晶へ投資。その収益をスマートフォンに投資するというように既存の事業から得た収益を他の事業へ投資してきました。同社は、次々に新しい分野に進出することによって成長してきた経緯があります。中国BYDも同様に、ニッカド電池事業での収益を原資に、現在のEV(電気自動車)やエネルギー事業へと拡大しています」

 一方、回路線幅が2ナノメートルの先端半導体の開発・販売を目指すラピダスは、既存事業を持たないため安定した収益基盤がなく、大規模な国家支援に頼らざるを得ない状況にある。サムスンやBYDのように、既存事業から得た収益を次の投資に回して成長してきた企業とは対照的なのだ。

長内教授は、こうした背景を踏まえ、ラピダスが成功する鍵として「安定的で継続的な支援を得ながら、価値獲得に向けたビジネスモデルをいかに構築するかが求められる」と話す。 

ラピダスとJASMの戦略比較 収益化の鍵

 日本の半導体業界では、ラピダスだけでなく台湾のTSMCの子会社として設立された熊本県菊陽町のJASMも注目されている。

ラピダスは、世界最先端の技術である2ナノメートルの微細な回路を作る技術の実現を目指す。

この技術は、スーパーコンピュータ、生成AIで求められる演算装置といった最先端分野で使用される半導体の製造に不可欠とされている。

 それに対して、JASMが生産する2228ナノメートルの半導体は現在、ソニーセミコンダクタソリューションズが45%の世界シェアを誇るイメージセンサーを中心に、自動車の車載半導体、家電、産業用機器などで幅広く使われている。

 「最先端技術は短期的に注目を集めますが、長期的にはコモディティ化するリスクがあります。一方 JASMのように、自動車や家電製品といった需要が安定している分野をターゲットにする方が、収益性を確保しやすい」と長内教授は分析する。 

戦略的視点の欠如がもたらすリスク

 ラピダスのような国家プロジェクトは、日本の半導体産業再生への重要な一歩といえる。しかし、国家支援に過度に依存することにはリスクが伴う。

長内教授は「今、描いているストーリーがうまくいかなかった時にどうするかという『プランBをしっかり持っておき、それを国民にしっかり開示することも重要」と述べ、柔軟な戦略の必要性を指摘している。

 日本企業が抱える戦略的な課題も挙げた。これまで日本企業が技術者と戦略担当者の連携を軽視してきた点を問題視している。

欧州企業などは、技術標準化活動においても、エンジニアと戦略マーケティングの担当者が共に発言をし、自社のビジネスにどのように有利になるかという観点で積極的に提案していました。一方、日本企業にはその視点が欠けていたのです」と話す。

 特に、日本企業では「戦略やマーケティングはエンジニアリングとは別の話」と捉える風潮が強く、これが根本的な問題だと指摘する。この考え方が、技術力があってもビジネスとしての成功につながらない原因になっているという。 

グローバル市場で勝つために必要な視点

 日本企業は『価値創造』だけでなく『価値獲得』に力を入れるべき」と長内教授は提言する。

特に、グローバル市場での競争においては、技術の優位性をビジネスモデルにどう組み込むかがポイントだ。

長内教授は「これからの日本は、20世紀型のものづくりから脱却し、戦略的な発想によって世界市場に挑む必要がある。国家と企業が一体となった取り組みが求められる」と語る。

 日本の半導体産業は、かつての技術力を土台に新たな挑戦を進めるべき岐路に立たされている。

長内教授が指摘するように、技術とビジネスの融合、戦略的視点の導入、そして国と企業の協力体制の確立は、これからの日本の産業が世界で再び輝くための不可欠な要素だ。ラピダスをはじめとするプロジェクトの成功は、日本の産業界全体の未来を形作る試金石となる。

日本企業が持つ技術的な優位性を生かしつつ、グローバル市場で通用する収益性を追求し「数を追う」ビジネスモデルの構築が、次世代の半導体産業を支える鍵となるだろう。 

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