脱エンジンのホンダ、「EVの加速」阻む厳しい現実


10月に開かれた技術説明会で、ホンダの三部敏宏社長は「BYDやテスラに対抗するためには、既存の価値観の延長線上にはない新しい価値をつくらないと生き残れない」と強調した 

北米でEV販促費1000億円増、エンジン車延命も

横山 隼也 : 東洋経済 記者

20241205

2040年の「脱エンジン」宣言をしたホンダが電気自動車(EV)の罠にはまっている

「ホンダが北米で売る『アコード』を含むエンジン車3車種について、2020年代後半以降を予定していたディスコンモデルの廃止)の延期を決めたようだ。三部(敏宏)社長はEV化を加速したかったが現場の強い反対で折れた」。あるホンダ系部品メーカーの幹部はそう明かす。



2050年にカーボンニュートラル社会を実現すると車両から排ガスを出すエンジン車は存在を許されなくなる、自動車の使用期間を考えると2040年にはエンジン車の販売をやめなければならない――ホンダの三部社長はこうした背景と問題意識から脱エンジン車宣言をしたと繰り返し強調してきた。

実のところ「2040年」は、社内外への危機意識の伝達も含めた努力目標の意味合いが大きい。

それでも水面下では、アコードや「シビック」「CR-V」などのハイブリッド車(HV)を含むエンジン車モデルについて20252034年にかけて順次ディスコンする計画を年ごとに詳細に策定していた。

しかし、世界的にEVの普及は減速が鮮明になる一方、北米を中心にHVを含めたガソリン車需要は底堅い

欧米競合はEVシフトの計画や目標の修正を相次いで打ち出している。ホンダは「2040年」は維持しているものの、一部車種の廃止計画を見直し始めている。 

 

EVのインセンティブは1万ドル

20243月、ホンダは初の量産EV「プロローグ」と高級車ブランド「アキュラ」として初のEVZDX」を北米に投入した。

いずれもアメリカのゼネラル・モーターズ(GM)と韓国のLGエナジーソリューションが共同開発したEV向け電池「アルティウム」を搭載したモデルだ。

調査会社マークラインズによると、202410月末までの販売台数はプロローグが18310台、ZDX4229台。10月単月ではプロローグが4138台で北米でのEVランキングで7位、ZDX1218台と同22位。ホンダブランドとアキュラブランドで初のEVとしては悪くないスタートといえる。 

ホンダが北米に投入した初の量産型EV「プロローグ」。販売は悪くないものの、1割近く値引きされて売られているという(写真:ホンダ)

しかし、青山真二副社長は「北米ではEVに対して当初想定よりも台当たり7000ドル(約106万円)程度多くインセンティブ販売奨励金)を使っている」と決算説明会で明かした。

藤村英司CFOは北米でのEVのインセンティブについて「20253月期通期平均で)1万ドルを超えるぐらいという位置づけ」と説明している。つまり、当初想定3000ドルが1万ドル程度になっているわけだ。車両価格はプロローグが47400ドルから、ZDX64500ドルからで、1割以上のインセンティブを投じていることになる。EVを除くホンダブランドのインセンティブは約1100ドル。インセンティブ頼みが経営の重荷となっている日産自動車でも約4500ドル。 

1万ドルは超高水準だということがわかる。見方を変えれば、プロローグ、ZDXともインセンティブの大盤振る舞いで販売を下支えした結果の台数である。

さらに2車種とも最大7500ドル税額が控除されるアメリカのEV優遇策の対象となっている。 

売れている」といっても2車種が本当の意味で消費者に評価されているかは見えにくい


4輪事業の営業利益率が急悪化

インセンティブは販売促進費の一種であり、利益の圧迫要因となる。

ホンダの202449月期の4輪事業は、売上高が前年同期比12%増の71305億円、営業利益は同15%減の2580億円と増収減益だった。

79月期の4輪事業の営業利益率は1.0%と、前年同期の3.8%から急激に悪化した。

北米のEV2車種の販売台数がこの間に急増し、インセンティブがかさんだことが背景にあるとみられる。

ホンダは、20253月期通期の北米におけるEV販売を7万台弱と見込んでおり、グローバルでは10万台を計画している。

期初に比べて台数計画に大きな変動はないが、インセンティブは期初想定より年間で1000億円の上乗せを想定しているという。

「台当たりインセンティブ7000ドル増は予想外だが、まずはしっかりと売っていこうということ。自社開発EV2026年から展開していくのでここにつなぐべく、販売モーメンタムをあげていくのが基本的な考え方だ」(青山副社長)

インセンティブの積極投入は短期業績の足を引っ張ることになるが、EVの台数積み上げを優先する方針だ。

そもそもEVは希少金属を多く使う電池のコストが高く、多くのメーカーが収益性確保に苦しんでいる

アメリカのフォード・モーターの同事業は、2024年の第2四半期(79月)まで7四半期連続の赤字で、その赤字額も直近の四半期では1000億円以上となっている。EV販売が比較的好調な中国勢でも「EV販売そのもので黒字になっているケースは少ない」(日系大手自動車メーカー幹部)。

しかも、北米や欧州ではEV市場の拡大ペースが鈍化しつつある。価格が高く、航続距離が限られることに加えて、充電時間も長くなりがちなEVが敬遠されていることが背景にある。GMやドイツのフォルクスワーゲンなどがEVの投資計画や販売目標を次々に撤回。

販売台数が思ったように伸びない中、固定費は膨らみがちで赤字が拡大する“生みの苦しみ”に直面している。 

コスト削減に新技術を導入

こうした厳しい事業環境を認識したうえでホンダは対応策を打ち出している。

導入予定のアルミ鋳造設備「メガキャスト」で製造された車体部品

10月には、次世代EV商品群「Honda 0(ホンダ ゼロ)」で導入予定の車体技術の新工法「メガキャスト」の設備と生産した部品を報道陣に初めて公開した。

メガキャストは、アルミダイキャストと呼ばれる鋳造法で車体部品を一体成型する技術で、ホンダはまず車載電池ケース向けに金型の締め付け力6000トン級の設備を導入。 

従来は約60部品で構成されていたパーツを5部品で実現することで生産コストの低減が期待できる。

ダイキャスト部品をめぐっては、より締め付け力が大きく、大型の車体部品を製造できる「ギガキャスト」をテスラが採用している。日本勢でもトヨタ自動車や日産自動車が同様の技術の採用を検討する。

ホンダは電池ケースで鋳造技術の知見を蓄積し、将来的には8000トン級前後の設備を使って車体部品にも適用を進める考えだ。ただ、テスラが導入する超大型の車体部品の開発は見送る方針。ホンダの条件ならば、設備投資や金型費用、生産台数などを含めて独自に算出した車体部品の製造費用ではテスラ級のギガキャストはむしろ約4割コスト高になると分析しているからだという。

加えて、ボルトを使わない接合技術「3D摩擦攪拌接合FSWFriction Stir Welding)」も活用することで電池ケース自体も現状のEVと比較して約6%薄くし、車体の空力性能を向上させる。


開発を進める全固体電池では、固体電解質をロールプレス方式で連続して塗工する

11月には全固体電池のパイロットラインも初めて公開した。

固体電解質層の連続加工を含め独自の生産技術により、性能向上と高効率生産を両立。ホンダが現在EVで採用している液体リチウムイオン電池と比較して航続距離は倍増し、電池の製造コストは25%削減できるという。

電池技術をさらに磨き上げることで、2040年代には航続距離を従来比2.5倍、製造コストを4割削減することを目指すという。ホンダ幹部は「基幹部品は基本的に内製化し、自社でコストコントロールできるようにしたい」と強調する。 車体部品や電池の内製化に加えて、量産工程での自動化やデジタル化を進めることで、EVで劇的なコストダウンを図る狙いだ。


将来への布石と足元の現実

EVで稼げるよう努力を続けるのは、苦しくてもEVを諦めるわけにいかないからだ。

欧米では2020年代後半以降温室効果ガスの排出規制がさらに厳しくなる。基準をクリアできなければ多額の罰金を支払う必要に迫られる。

規制がなくならなければ、EVを一定以上販売する以外に道はない。

ただ、足元の事業環境は厳しくなる一方だ。積極的にEV戦略を進めてきたフォルクスワーゲンやフォード、さらにはボッシュやZFといった欧州メガサプライヤーが1000人~1万人単位の人員削減を迫られている。

青山副社長は「EV関連投資は変更するつもりはないが、需要に応じて後ろ倒しなども検討したい」と話す。 

ライバルが傷を負う様子はホンダにとっても他人事ではない。現実を見据えた戦略が求められている。

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