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先が読めない米トランプ政権を警戒する中国


イーロン・マスクの起用は吉か凶か?

2024.11.19 

 by 富坂聰

13日、米トランプ次期大統領は、実業家のイーロン・マスク氏を政府の支出を見直すために新設される「政府効率化省」のトップに任命すると発表しました。 ある程度予測されていたこととはいえ、このニュースは世界中を驚かせています。多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂さんが、トランプ氏が早期に着手している「人事」に注目。 中でもイーロン・マスク氏の要職就任に対して、日本の隣国である中国はどう動くか、そして米国の「何を否定」しているのかについて詳しく分析しています。



トランプ再登板という不可測性に揺れる世界に中国が問う新秩序

大きな話題を呼んだ米大統領選挙から1週間が過ぎ、目下、米メディアの話題は次のトランプ政権の人事に移ったようだ。

新政権の発足は来年の1月だが、前回の反省を踏まえ、より完全な形でのスタートを切るため、いまからしっかり人事を固めておこうという意図が働いているようだ。

現状、さまざまな人物の名前が挙がっていて、内定も報じられているが、その人事の特徴を一言でいうとトランプへの「忠誠心」だという。

トランプの前政権スタート時には、多くの共和党内の既存勢力にポストを割り振ったが、今回はそういう忖度人事はせず。

ひたすらトランプ自分のやりたいこと実現するための組閣を行うのだという。

戦々恐々としているのは、国内では司法部門と軍、そして保健・衛生部門だ。司法部門には情報部門も含まれる

選挙戦の最中から、自分に敵対する勢力や司法部門に対する報復を言及していたトランプだが、まさにそれを実行に移そうとしているというわけだ。

なかでも大きな論争の的となっているのはマット・ゲーツ元下院議員の司法長官への起用である。17歳の女性との性的関係を疑われたことで知られた人物だ。

この人事については身内の共和党内からも反発の声が上がり、議会の承認には壁があるとされ、ひょっとすると議会の承認を経ないままの起用となる可能性も指摘されているのだ。

では、対外的にはどういう性格を帯びてゆくのだろうか。

まず、中国の視点から見たとき、最悪の人事と目されたマイク・ポンペオ元国務長官の起用はどうやら見送られたようだ。

しかし、ホッとするのも束の間、米議会において対中強硬派としてならしたマルコ・ルビオ上院議員が国務長官に内定したとの報道には少なからず警戒感を刺激されたのではないだろうか。

他方、トランプの不可測性は、やはり一筋縄ではいかない。

そのことを体現しているのが実業家イーロン・マスク氏の起用だ。早速、マスク氏はイランとの交渉に乗り出している。

トランプの周辺に群がる面々を眺めれば、対中、対イランの強硬派が占めていることは明らかなのだが、それがそのままトランプ外交の特徴になるわけではない。

いうまでもなく強硬一辺倒では実際の外交は機能しないからだ。その点をどう調整するのかにおいて、マスク氏の果たす役割に注目が集まっているというのだ。

選挙戦のなかでも積極的にトランプを応援してきたマスク氏だが、彼は少なくとも単純な対中強硬派ではない。

現時点でトランプは、「公約はすべて実現する」と公言しているものの、本当に中国からの輸入品に関税を上乗せして、マスク氏に政府予算の見直しをさせるのだろうか。

少なからず混乱は避けられないような気がしてならない。

さて、そうしたアメリカの動きに対して中国はどう向き合おうとしているのだろうか。

これまで何度も取り上げてきた話題だが、中国の姿勢は一貫している。

直近で象徴的なのが、APEC(アジア太平洋経済協力)での習近平国家主席の書面での演説だ。

ここには中国が目指す国際秩序が明確に示されている。

その特徴を3つの視点からまとめるとすれば、

1. 保護主義へと向かうアメリカへの警戒感。

2. アメリカの秩序から国連、国際機関を中心とした秩序への回帰

そして、

3. グローバル・サウスの代弁者としての中国の立場の強調。

という3点になるのだろう。

アメリカの秩序に対する中国の国際秩序といえば、インスタントに米中対立の流れで「中国主導」ととらえられがちだが、誤解である。あくまで国連主導だ。

ロシアが折に触れて強調する多極化(これは中国も言及するが)とも少し違う。

むしろアメリカの予測不可能な不安定性に対し、その影響が及びにくい世界の構築という色彩が強い。

確かに、23で示したように習近平は演説の中で、グローバル・サウスの代弁者として世界に発信するという中国の立場を強調している。

これは世界人口のわずか10%を占めるだけのG7の秩序に挑戦しているかのようではある。

しかし実際はアメリカもヨーロッパも国際秩序の一員であることを考えれば、従来の秩序の修正を求めているに過ぎないのだ。

アメリカ主導への修正は、換言すればアメリカとの対立ではなく、距離をとるという考え方であり、また中国が否定しているのはアメリカでもトランプ政権でもなく、アメリカが向かっている保護主義という方向なのだ。

本来、米中対立には興味のない世界の国々も、発展阻害要因としての保護主義には警戒感が強い。その点で中国の主張は時宜を得た効果を生んでいる。

同時に、平和が発展に不可欠であり、発展は平和を促進するという好循環も打ち出されている。

今回のAPECの主催国であるペルーは、中国との協力に前向きだ。

その象徴がアジアと中南米を結ぶ門戸として期待されるチャンカイ港の開発だ。

開港式にはペルーのボルアルテ大統領が習近平と並んでオンライン参加するという熱の入れようだった。

ディナ・ボルアルテ大統領は「ペルーと中国による『一帯一路』共同建設という壮大なプロジェクトは、ペルーが国際的な航運・貿易センターの構築という目標に向けて重要な一歩を踏み出したことを示しており、ペルーが中南米とアジアを結ぶ重要な門戸となる一助となり、中南米の一体化と繁栄・発展も力強く促進することになるだろう」と語った。

 

中国が打ち出す対立よりも発展という価値観は、アメリカの裏庭まで巻き込む神通力を持ち始めている。


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