谷口恭・谷口医院院長
2024年10月7日
マイナ保険証の利用率が伸びていません。報道によると、2024年6月の時点で利用率は9.9%にとどまっています。
それでも23年1月にはわずか1.52%でしたから一応右肩上がりの上昇ではありますが、今年12月から従来の保険証が原則廃止されることが決まっていることを考えると、混乱が生じるのは必至です。
また、電子処方箋は普及どころか導入している医療機関がわずかしかなく、先月の厚生労働省の資料によると、医科診療所での普及率はわずか4.5%にすぎません。これでは政府が鳴り物入りで旗を振る医療DX(デジタルトランスフォーメーション)がうまくいくはずがありません。では、その原因はどこにあるのでしょうか。当院が患者さんに調査したところ意外な事実が浮き彫りになってきました。
希望者ゼロの現状
当院は比較的患者層が若いこともあり医療DXに積極的な意見が多いと予想し、マイナ保険証を利用するための機器を22年に導入しました。
ところが予想に反して希望者はごく少数にとどまり、現時点でも利用率はせいぜい1割程度、全国平均と同じくらいです。
電子処方箋に関しては、電子カルテのシステム上の問題がなかなか解決せず、ようやく導入できたのは先月(24年9月)になってからです。
院内掲示や口頭での呼びかけなどで利用を促してみたのですが、いまだに希望者はゼロです。
では、なぜこれら医療DXは利用者(=国民)からこうも不人気なのでしょうか。
その理由についてさまざまなメディアやSNS(ネット交流サービス)などで議論されているようですが、たいていは混乱があって議論がまとまっていないように私には見えます。
医療者のなかにも医療DXへの反対意見が少なくなく、結果として医療DXの欠点が分かりにくくなっています。
ともすると、国民も医療者も一丸となって医療DXを掲げる政府に反対しているように見えなくもないのですが、私の視点からはそうは思えません。
そこで、国民がなぜ避けるかを論じる前に、医療者がなぜ医療DXに反対しているのかをみていきましょう。
マイナ保険証に反対する医師たちは国を相手に訴訟を起こしています。
「マイナンバーカードで健康保険資格を確認するオンラインシステムの導入義務化が違法」だとして、東京保険医協会を中心とする全国の医師・歯科医師1415人が原告となり国を訴えています。
同協会によると、原告は「オンライン資格確認を行う義務がない」「オンライン資格確認のため必要な体制を整備する必要がない」という2点の確認を国に求めています。
では、マイナ保険証を利用しない国民もこの原告の意見と同じことを考えているのでしょうか。
答えは「否」です。少なくとも当院がこれまでに「マイナ保険証を利用したくない」という患者さんらに聞いたところ、上記の医師ら原告のような理由を述べた人はゼロです。
ではどのような理由でマイナ保険証に反対しているのでしょう。
「そもそもマイナカードをつくっていない」「マイナカードを持ち歩きたくない」などの声もありますが、圧倒的に多い回答が「こわい」です。
情報が筒抜けに?
では何が「こわい」のか。これまでに集めた患者さんの声をまとめると、「自分の医療情報が筒抜けになることへの恐怖」があるようです。
「筒抜け」とはどのようなことを指すのでしょうか。
マイナ保険証を提示しなくても、診察室で話した内容や検査結果、処方内容などはすべて電子カルテに記録されていて、その記録は半永久的に残ります。
よって、その日の診察内容をその医療機関のスタッフに知られることに恐怖を感じているわけではありません。
中には「マイナ保険証を使うと、診療内容が医療機関だけでなく国に知られてしまう」と考える人がいます。
しかし、保険診療を受ける限り、「病名」「検査内容(検査結果は載りません)」「処方内容」などの診療内容はレセプトと呼ばれる診療報酬明細書に記載され、医療機関から当局(社会保険診療報酬支払基金及び市町村)に提出され、やろうと思えば国が情報を収集することはできます。
つまり、マイナ保険証であろうが紙の保険証であろうが、保険証を使って医療を受ければおおまかな診療内容はすでに当局に知られてしまうことになります。
ならばマイナ保険証と紙の保険証の違いはどこにあるのでしょうか。
「過去の治療内容を新しい医療機関で知られたくない」あるいは「今回の診察内容は他の医療機関に伝えないでほしい」という声を聞くことがあります。
レセプトに情報が載るのは避けられないとしても、実際に顔を合わせる医療機関の受け付けスタッフには知られたくない、と考える人は少なくありません。
マイナ保険証を使った場合、新しい受診先でも過去の治療歴が一覧できるので、こうした情報を知られてしまうことになります。
従来の保険証であれば知られることはありませんから、これは確かに大きな違いです。
ただ、このような声が生じるであろうことはあらかじめ想定されていて、受け付けでマイナ保険証をカードリーダーで読み取るときには「前医の処方薬を知られることに同意する・しない」という内容のメッセージが表示されます。このときに「しない」を選択すればその医療機関で過去の治療内容を知られることはありません。
けれども、最近ある患者さんに教えてもらった情報によると、前医では受け付けスタッフから「必ず『同意する』を選択してください」と言われたそうです。
その患者さんはしぶしぶ同意したそうですが、「前医の薬や治療内容(薬の内容から推定できます)が筒抜けになることに違和感を覚えた」と言います。
実は、我々医療者からの視点でいえば、「過去の治療歴が分かる」のは大変便利です。
診察を進める上で、前医の処方薬の情報が必要になることが多いのですが、それを覚えていない人が少なくなく、その都度前医に問い合わせなければなりません。
マイナ保険証を提示して上記の「同意する」を選択してもらえれば瞬時に過去の治療歴が分かりますから、我々からみればものすごく便利です(だから私自身は基本的にはマイナ保険証の普及に「賛成」です)。
ではマイナ保険証を漠然と「こわい」と感じている人は、この「同意しない」を選択すればすべてが解決するのでしょうか。
「こわい」と感じる人にとってはそうではないようです。「1枚のカードに過去の治療歴がすべて記録されている」というイメージが漠然とした恐怖感をつくりだしているのです。
※) 毎日新聞記事抜粋
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