トヨタが電気自動車でも覇権を握るこれだけの根拠
EV「普及の壁」を超える3つの革新技術
2024年9月19日
勝又壽良
世界中で電気自動車(EV)の販売が一時停滞している。
多くの自動車メーカーは、ガソリン車の次にEV時代が直線的に訪れると予想していたが、現実はそう甘くない。 現在、EVは「キャズム(溝)」と呼ばれる普及の壁に直面しており、これを乗り越えるためには根本的な技術革新が必要だ。特に中国EVは政府の補助金に頼りながらも、バッテリーに重大な欠陥を抱え続けている。
一方で、トヨタ自動車は、このキャズムを突破する鍵となる革新的なバッテリー技術で世界市場に挑む準備を進めている。
電気自動車「3つの問題」で普及に歯止め
世界のEV(電気自動車)は現在、販売が停滞状態に陥っている。
ガソリン自動車の後は、EV時代が直線的に来ると世界の自動車メーカーは色めきだってきた。耐久財消費財は一般に、普及率16%台で需要が一時的に頓挫する。
EV企業は、こういうパターンの存在を忘れていたのだ。この頓挫こそ、「キャズム(溝)」と呼ばれるマーケッティング上の不可避的な現象である。
EVは今、この溝にはまって動きが取れない状況だ。原因は、これまでのEVが電池に大きな欠点(後記)を抱えている。価格的にも割高である。
これらを改良しない限り、本格的なEV発展期へ繋がらない段階にある。
中国EVは、政府からの多額の補助金に支えられていることと、安価な電池開発によって世界をリードしている。
だが、EV電池の抱える本質的な欠陥を抱えたままで、量的な成長を遂げている。
中国EVにみられる技術的な欠陥とは、次のような電池に関わる問題だ。
1)航続距離が400キロ程度
2)充電時間がかかる
3)電池の発火事故が多発
現在のEVは、中国EVに代表されるように、本来のあるべきEVの理想像からみれば、「不完全車」である。
この状況が改善されれば、EVが「次世代カー」の一つとして受入れられるであろう。
トヨタ自動車は、早くからこういうEVの抱える根本的な欠陥を承知していたので「全力投球」せずに、EVの車体や電池の研究開発に力を注ぎ、無駄な設備投資をすることもなかった。この策が100%的中した。これから発売されるトヨタEVは、キャズムを抜け出す起爆剤として登場することになろう。
中国EVは補助金漬け
中国EVが、技術的な欠陥を抱えながら世界市場へ輸出するまでになった背景は、中国政府の補助金によるEV電池の量産化で低価格を実現したことだ。
EVに占める電池コストは30~40%とされる。
電池が、これだけの高いウエイトを持つ以上、低コストの電池を開発した中国が優位に立ったことは当然であろう。中国政府は、莫大な補助金を与えてきたのだ。
EV電池では、2種類が使われている。
1)三元系リチウムイオン電池(原料:ニッケル・マンガン・コバルト) 航続距離500km以上 日本
2)リン酸鉄リチウムイオン電池(原料:LFP) 航続距離400km程度 中国
LFPは、高価なコバルトやニッケルを原料に使わないので、三元系に比べて20~30%も割安になっている。
EVに占める電池コストが30~40%とすれば、中国EVはLFPによってトータル・コストが6~12%も安くなる計算だ。
現実は、これ以上の安値でEVを輸出している。政府の補助金が、輸出増のテコの役割をしている。各国が、ダンピング輸出として警戒するのは当然である。
電池の火災発生事故は、LFPが三元系よりも構造的に低い発生率とされている。だが、中国ではまったく逆の事態が起こっている。三元系よりも高い火災発生率である。
中国EVは、発火事故の多いことで知られている。この背景には、政府による生産管理規定の甘さを指摘する声もあるが、量産先行で品質を二の次にしてきた欠陥の現れとみられる。世界のバッテリー市場でシェア1位の中国CATLの曽毓群会長が最近、EV火災の急増について「安全基準を高めなければならない」と主張している。
昨年、中国で発生した新エネルギー車の火災発生率は、曽氏によれば1万台当たり0.96台としている。中国のEV保有台数2500万台に適用すれば、年間に発生した火災が2,400件にも達する。電池メーカーとしての責任は重いのだ。
曽氏は、電池による故障率を100万分の1と公表してきたが、実際は1,000分の1であると実状を率直に明かした。これまで、大変「過小」データを公表してきた。これに従い、EV火災保険料が算定されていたならば、保険会社は大損を被っている。実際の火災発生率が高いからだ。
日本のEV火災事故は、どのくらい発生しているのか。日本でEVの先発企業の日産は、次のように発表をしている。2010年12月の初代EV「リーフ」発売から2019年までの10年間、グローバル累計販売で34万台発売した。この間に、バッテリー起因の火災を起こしていないと明らかにした。
日本EVは、中国EVの火災発生と比べて、高レベルの品質管理が行われていることを証明している。
トヨタEVが世界カー
トヨタ自動車は現在、EV「世界カー」とも言うべき高品質のEVを開発している。26年から世界市場へ投入するが、全固体電池ではない。現在のリチウムイオン電池の性能を一段と高めた「パフォーマンス型電池」を登載する。これは、中国EVに登載されている電池性能と次元が異なる、トヨタ独自の開発である。次のような内容だ。
1)エネルギー密度を高める:航続距離1,000kmを実現する
2)急速充電を行う:20分以下で充電を完了する
3)コスト削減:20%削減する
1回の充電で、1,000kmもの走行が可能になる。中国の400km程度からみれば、2.5倍の航続距離になる。しかも、給電時間が嘘のように短縮される。
中国では、急速充電ですら30分から1時間もかかっている。普通充電では、6~8時間とされる。
この長い給電時間が、一挙に短縮される。しかも、電池コストが20%も削減できるのだ。
中国EVは、自動車本来の走行・安全などの機能よりも「便宜性」を重視している。
車内にクーラボックスをつけるとか、スマホと連動させるとか「付随機能」を争っている。ここが盲点である。
自動車本来の機能追求を棚上げして、付随機能で競争しても商品性の魅力は限定される。
世界市場は、そういう「オマケ機能」よりも本質的な機能改善を求めている。
EVが現在、「キャズム」に陥っている背景は、本質的機能の改善が遅れている結果だ。
中国EVは、別次元へと迷い込んだ状態にある。
トヨタは、EVのコスト競争力を高めるべく、車体部品を一体成型する「ギガキャスト」を採用する。
米国テスラがすでに採用している方式をさらに練り上げている。
車体を3分割して自動走行させるので、ベルトコンベアが不要になる。
自動車工場の現場からコンベアが消えることで、「生産風景が一変する」とされている。
ベルトコンベアは、もともと英国のパン屋が20世紀初めに採用した技術である。それを米国フォードが自動車組み立て現場に応用したものだ。生産コストが劇的に下がり、大衆が自動車を買えるレベルまで価格が下がった。
この歴史的な産物のベルトコンベアが消えるのだ。
これらを通じ、量産車の生産準備期間・生産工程・工場投資などは、従来の2分の1に削減できる。
大幅な固定費の削減が可能になれば、EV車体コストは、単純に言えば半分以下に切り下げられる計算だろう。
トヨタは、これによってデジタル製造現場になるので、これまでの「部品すり合わせが不要」としている。
すべて、自動化するのだ。
これと並んで進むのが、部品の小型化である。これにより、車室および荷室空間の拡大と空気抵抗の低減を実現する。
ロケットの極超音速技術を応用した、空力技術を採用するとしている。
三菱重工業が協力して、ロケットの極超音速空力技術を応用し、新たな空気抵抗削減技術をEVへ適用する。
これによって、航続距離1000kmへの延長を実現するほかに、乗り心地の改善にも寄与するという。
トヨタEVの特色を要約すれば、電池性能を高めるべく総合的なアイデアを集約している。
それは、車体の軽量化と空力性能によって、航続距離の効率化を進めることだ。中国EVが、スマホ利用という面へ進んでいる点と根本的に異なっている。
トヨタEVは、中国EVの世界化を阻止するに十分な機能を備えている。トヨタは勝てるのだ。
日本の電池開発力開花
トヨタ自動車や日産自動車などの自動車メーカーは、EVの車載電池の国内製造に1兆円の設備投資を行う。
経済産業省は9月、最大3,479億円を支援するが、官民で電池供給網を構築する。
経産省は、2023年から補助金支給を始め、総額で6,000億円強になる。今回で、国内における車載電池の供給網が整う。
中国が、電池へ過剰な補助金を付けているが、日本も効率的な支援策で対抗するのだ。
日本の強みは、技術開発力にある。日本触媒 は、福岡県にEV向け電池材料の工場を建設する。
リチウムイオン電池の寿命を1.6倍に延ばせる電解質の生産能力を10倍に引き上げる。
375億円を投じ、2028年の稼働をめざす。福岡県でトヨタ自動車が電池工場を建設するなど、九州でEV向け部材の供給網が広がっている。
増産体制を整え、先行する中国勢に対抗する姿勢を明確に打ち出している。
トヨタは、福岡県にEV向けリチウムイオン電池工場を新設する。電池は、高級車ブランド「レクサス」を生産する同県の工場へ供給する。
2025年ごろに着工し、28年以降の稼働を目指す。日本勢は九州にEVの一大供給網を築き、輸出拡大に向けた反攻の足がかりにする。
経産省が、車載電池の製造に補助金を給付するのも、こういうEV輸出への支援目標がある。
トヨタは、2030年までに電池を中心にEV関連に5兆円を投資する計画だ。
電池ではすでに米国で累計2兆円の投資を決め、日本ではパナソニックホールディングス(HD)との共同出資会社の姫路工場(兵庫県姫路市)などに3,000億円規模の投資を計画している。
トヨタがここまでEVへ向けて積極姿勢なのは、自社EVの品質に揺るぎない自信を持っている証拠であろう。
トヨタは、2030年のEV販売目標を350万台としている。23年のEV販売実績が約10万台であるから、「大飛躍」になる。
品質とコストで勝負できる見通しを持っているのであろう。ただ、26年のEV150万台目標は、現下のEV販売戦線が沈滞していることから100万台へ下方修正した。
世界EV2強と対抗へ
現在のEVは、世界で米国テスラと中国BYDが双璧である。23年の販売実績は、つぎの通りである。
1位:テスラ(180万台)
2位:BYD(157万台)
トヨタは、この「両雄」へ向って25年に100万台目標を掲げている。150万台から下方修正したが、テスラとBYDと激突する形である。
世界一のトヨタ・ブランドの看板を背にした販売戦になる。しかも、30年には350万台目標である。テスラとBYDにとっては、脅威であろう。
トヨタは、35年に最高級ブランドのレクサスの新車を全てEVに切替える。こうして「EV=最高級」というイメージを打ち立てる戦略だ。
トヨタが、ここまでEVの高い販売目標を掲げているのは、トヨタEVが現在のEVを悩ませている「キャズム」を一掃できる見通しを持っているからだろう。
トヨタEVは、品質と価格の面でキャズムを飛越えられる「自信作」であるに違いない。そうでなければ、30年に350万台という目標を掲げるはずがない。
欧米の自動車メーカーは現在、EVへの先行投資負担に喘いでいる。トヨタは、本格的なEV移行が遅れると予測して、EVの技術開発に余念がなかった。
一方でトヨタは、EVに代わるHV(ハイブリッド車)で先行者利潤をたっぷりと上げて、その利益をEV開発へ投入している。欧米の同業からみれば「羨望」の一語であろう。
トヨタ経営戦略の勝利と言えるのだ。これを足場に、全固体電池への発売準備も進んでいる。
最後までお読みいただき、有り難うございました。 ☚ LINK
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