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働き方は怠惰でいい

今必要なのは生産性ではなく知足性

2024.8.7

 小川 仁志 (哲学者・山口大学国際総合科学部教授)

哲学者のプロフィル

バートランド・ラッセル1872−1970

英国の哲学者。もともとは数理論理学を専門としていたが、後に平和活動にまい進する。著書に『怠惰への讃歌』などがある。

デヴォン・プライス(生年不詳)

米国の社会心理学者。大学で教壇に立つ傍ら、作家としてメディアでも活躍している。著書に『「怠惰」なんて存在しない』などがある。

老子(生没年不詳)  

中国の春秋戦国時代の思想家。道家の始祖。儒家のライバルとして、何もしないほうがいいとする無為自然を説いた。著書に『老子』がある



私たちはなぜ怠惰になれないのか

 日常において、生産性という言葉を耳にすることが多いと思います。

一方、怠惰は社会の敵であるかのように非難されがちです。しかし、怠惰とはそんなに悪いことなのでしょうか?

 英国の哲学者ラッセルは、『怠惰への讃歌』という著作の中で、怠惰のすすめを説いています。勤労の道徳は奴隷道徳、つまり働き者であることは美徳ではない

文明にとって暇こそがなくてはならないものだというのです。そこで彼は「8時間労働ではなく、4時間労働で十分だ」という提案をします。

 そうして生み出された残りの4時間を有意義に使えば、次のような効用が得られるといいます。

例えば、公共的なことのために時間を割けたり、人にもっと親切になったり、戦争さえしなくなるはずだ、と。

 確かに心に余裕を持つことができれば、人はもっとみんなのために生きるようになるのかもしれません。

少なくとも労働時間が短くなれば、有意義な時間が持てるのは確実です。にもかかわらず、どうして私たちは怠惰になれないのでしょうか。 

生産性が上がって得をするのは、企業だけ

 それは私たちがある種のウソにだまされているからだと主張するのが、米国の社会心理学者デヴォン・プライスです。

彼は著書『「怠惰」なんて存在しない』の中で、「怠惰のウソ」という概念を掲げています。

 彼は「怠惰を克服して生産性を上げなければならないという発想は、ウソだ」と言うのです。

私たちは資本主義のせいで、人生の価値が生産性で測られると思い込まされてきたに過ぎないというわけです。

そこで彼は「生産性=善」だと考えるのをやめるよう説きます。

 考えてみれば、生産性を上げることによって得をしてきたのは、主に企業です。

個々人はそのせいで疲弊し、精神を病んだり、体を壊したりすることもあります。

 だからまずは生産性神話を疑うべきなのです。すなわちそれは、怠惰を肯定的に捉えることに他なりません。

そもそも、怠惰といわれる時間だって、人は何もしていないわけではないでしょう。

考え事をしたり、心身を休めたりしているはずです。それだけでも有益なことです。

しかも何もしないほうが、実は多くのことをしている可能性すらあります。 

既にあるもので満足する「知足性」のすすめ

 現に中国の思想家、老子は無為自然(むいしぜん)の効用を説いています。

つまり、何もしないことによって、実はすべてをしているという発想です。

老子が言わんとするのは、無駄な努力をしたり、下手にあらがったりしてはいけないということなのだと思います。

 長時間労働も、一生懸命やっているつもりが、逆に効率が悪かったり、心身に悪影響を及ぼしたりすることがあります。

それならばいっそ家に帰って休んだほうがいいでしょう。

 結局大事なのは、有意義に時間を過ごすことではないでしょうか。

だからこそラッセルは、8時間のうち4時間集中して働き、残りの4時間を有意義に過ごすよう説いたのです。

 有意義な時間とは、自分のために使う時間を指すと私は考えます。何かを生み出すためではなく、既にあるものを愛でる生き方だといってもいいでしょう。

くしくもそれは、老子が無為自然を実現するための方法として説いた「知足(ちそく)」、足るを知る生き方に重なります。

今、自分が手にしているものに満足していれば、それ以上求める必要はないということです。

 そう、私の考える「怠惰」のすすめは、「知足」のすすめに他ならないのです。

すべての働くという営みを、生産ではなく知足として捉えることができたとき、個々人の働き方やビジネスは大きく変わるでしょう。

 自分はどうすれば知足の境地に達することができるのか、常に考えるのです。

自分だけではありません。企業も個人も「既にあるもので満足する」とはどういう状況なのかを指標にして働くということです。

 生産性の代わりに、知足性ともいうべき指標を用いるのはどうでしょうか。

これは働き方改革に資するだけでなく、無駄なものを作らないという意味でSDGs(持続可能な開発目標)の流れにも合致しています。

さらに、常に買う側の満足度を優先するという点で、生産ありきの一方通行的なビジネスモデルから脱却する可能性も秘めています。

 もしすべての人間の営みをこの知足性の指標で捉えることができたら、私たちの人生そのものも大きく変わるに違いありません。

時間対効果を過剰に追求するタイパ(タイムパフォーマンス)現象が象徴しているように、今や私たちは日常生活にさえ生産性を求めています。 

本当に満足できる人生とはどのようなものか、今こそ考え直すときが来ているのです。




 

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