AIの登場で生成コストが千分の一になったソフトウェア
2024.08.07
by 中島聡
我々の生活に激変をもたらしたと言っても過言ではない、生成系AIの普及。
その影響はソフトウェア分野においても「大きすぎる」ことは疑いのない事実と言えそうです。
世界的エンジニアとして知られる中島聡さんが、生成系AIの登場によりソフトウェア生産のコストが従来の千分の一ほどとなった点を重要視。
この変化がさまざまなシーンでどのようなことを可能にするかについて、具体例を上げつつ解説しています。
制作コストが千分の一に。AIがもたらすソフトウェア革命
ニューラルネットを活用することにより、ソフトウェアの作り方が根本的に変わるSoftware2.0に関しては、このメルマガでも何度か触れて来ました。
しかし、それとはもう一つ違う次元で、ソフトウェアの作られ方が大きく変わろうとしているので、今週はそれについて解説しようと思います。
生成系AIの誕生により、様々なものの生産コストが桁違いに安くなったことは、ChatGPTなどを触っている人たちは既に認識していることだと思います。
文章だと、翻訳、論文、契約書、特許の申請書などが良い例で、画像や音楽に関しても同様のことが起こりつつあり、ソフトウェアも例外ではありません。
それも生成系AIによるコスト削減は、一桁や二桁や下がったのではなく、三桁、つまり千分の一ぐらいになってしまった点がとても重要です。
コストが千分の一になると、単に安く作れるとか生産性が上がるという量的変化だけでなく、これまでコスト的に見合わなかった部分にまで、生成物が使えるようになるという質的変化が生じる点がとても重要です。
分かりやすい例で言えば、プレゼン資料のイラストです。
これまでは、イラストを特注で作ってもらうのはとても高かったため、よほど重要なプレゼンでない限りは、「いらすとや」のようなフリー素材を使うしか選択肢がありませんでしたが、生成系AIを使えば、無料で特注のイラストを作ってもらえるので、それが当たり前になりつつあります。
私は、先日、宣伝会議さんからの依頼で「ビデオ講座:なぜ、あなたの仕事は終わらないのか」を作成しましたが、その時に使用したプレゼン資料のイラストは全て、ChatGPTを活用して描いたものです。
この様に、生成コストが生成系AIの誕生により千分の一になったために「質的な変化」が起きる領域は複数ありますが、その最たるものがソフトウェアです。
生成系AIの誕生前、ソフトウェアの制作コストはとても高かったため、ソフトウェアが適用できる範囲は限定的でした。
ソフトウェアと言えば、スマホ・アプリ、ウェブサイトなどがすぐに頭に浮かぶと思いますが、オンラインバンク、飛行機の予約システムなど、業務用のソフトウェアもあります。
それらのソフトウェアは、制作コストが少なくとも数千万円はかかるため、これまでは、何万人もの人が何百回も何千回も使うケースにしか適用することが出来ませんでした。
しかし、ソフトウェアの製作コストが千分の一になると、適用できる範囲が大きく広がります。
一人しかユーザーがいないケースとか、極端な話、一回しか使わないケースなどへの応用です。
ベンチャー企業にとっては大きなチャンスに
一回しか使わないソフトウェアなんて勿体無いと思うかも知れませんが、生成系AIの誕生以前から、そんなソフトウェアの作り方をしているエンジニアたちがいました。
いわゆるデータ・サイエンティストと呼ばれる人たちです。
彼らは、与えられた命題(例えば、「ウクライナ戦争が小麦相場に与えた影響の解析」)を解決するために、必要なデータを集め、その命題を解決するためだけのソフトウェアを作って走らせています。多くの場合、そんなソフトウェアは、一回しか使わない「使い捨てソフト」ですが、データ・サイエンティストの仕事は「ソフトウェアを作ること」ではなく、「データ解析をすること」であり、その仕事をするために、必要に応じて、ソフトウェアを作っているのです。
私は、これまでコスト上の理由でデータ・サイエンティストだけにしか出来なかった「必要に応じて使い捨てのソフトウェアを作る」という贅沢なことが、生成系AIのおかげで、
さまざまな場面で出来るようになると見ています。
こんなことを言うと、「普通に生活していて使い捨てのソフトウェアが必要になる場面なんかない」と感じる人も多いと思いますが、実は結構あるのです。
分かりやすい例が、何かを希望に応じて割り当てるケースです。
附属高校から大学に進学する生徒たちの学科を決めるケースを考えてみてください。
生徒一人一人に、自分が希望する学科を第一希望から第三希望まで書かせた上で、各学科の定員を考慮して、どの生徒をどの学科に受け入れるかを決めるようなケースです。
成績が優秀な生徒に優先して学科を選ばせたいかも知れないし、数学が得意な生徒を優先して理科系の学科に入れたいかも知れません。
出来るだけ多くの生徒に第一希望の学科に入ってもらうことを重視して決めても良いし、逆に、希望した三つの学科のどれにも入れない生徒の数を最小化したいかも知れません。
ほとんどの場合、この手の問題(「割り当て問題」と呼びます)を解く際には、ある程度ルールを単純化した上で(例:成績順に生徒を並べて、順番に希望の学科に割り当てていく)人手で行うのが一般的です。ルールを複雑にしてしまうと(例:成績の良い生徒の希望をかなえながらも、希望した三つの学科のどれにも入れない生徒の数を最小化する)、とても手間がかかるので、最初からあきらめてしまうのが普通です。
ソフトウェアを使えば、こんな問題ははるかに簡単に解決できます。
それぞれの条件にコスト(希望が叶わない=コストが高い)とプライオリティ(重み付け)を設け、合計のコストが最小になるような割り当てを決めれば良いのです。
しかし、この手の問題は、汎用的なアプリやウェブ・サービスで解決することが難しく、それぞれのケースで個別のソフトウェアを作る必要があります。(従来型のソフトウェアの作り方では)ソフトウェアの開発にはそれなりのコストがかかるため、よほど特殊なケースを除いては、ソフトウェアを使うことはありませんでした。
ソフトウェアが生成できるAIの誕生により、この手の「割り当て問題」が生じた時に、必要なソフトウェアを生成して、最適解を求めることがはるかに容易になりました。
まだ生成系AIを使いこなすのは簡単ではありませんが(OpenAIのCode Interpreterが良い例です)、今後、この発想(=必要に応じてソフトウェアを生成して最適解を求める)を応用したアプリやウェブサービスが普及することは確実であり(ベンチャー企業にとっては、大きなチャンスです)、適用範囲も大きく広がると私は見ています。
十分に解決可能な人気のアーティストのチケット買い占め問題
ちなみに、この「割り当て問題」は、「チケット販売」や「新株の売り出し」にも応用可能です。
人気のアーティストのコンサートのチケットが、転売屋によって買い占められてしまう問題は、以前から問題になっていますが、これもソフトウェアを上手に使えば、十分に解決可能な問題です。その際には、当然ですが、「より多くのファンに、平等なチャンスを与えたい」という考えと、「売り上げを最大化したい」という二つの相反するゴールのバランスをどうするかが難しい問題ですが、それもソフトウェアであれば、単なる重み付けパラメータで、いかようにでも調整が可能です。
例えば「SS席、S席のチケットを欲しがる富裕層からの売り上げは遠慮なく最大化しつつ、一般席の値段は極力抑えて、全てのファンが平等な条件で抽選でチケットを購入できるようにしながら、素利益率は50%を越えるようにする」などの条件を与えて、チケット販売をするのです。
飛行機のチケット販売に関しては、既に「売り上げを最大化するためのソフトウェア」が幅広く使われていますが、そんなソフトウェアが、幅広く使われるようになります。
この話は、少し前まで業界で注目を浴びていた「ノーコード(No Code)」のムーブメントと似ているものの、技術的には大きく違うものです。
従来型のノーコードは、ユーザーのリクエストに従って、必要なアプリやウェブサイトを作る技術なので、表面上は、生成系AIによるソフトウェア生成と似ていますが、AIを使ってコードを生成するのではなく、あらかじめ、テンプレート(雛形)となるソフトウェアを用意しておき、それに与えるパラメータだけを必要に応じて変更するものでした。
もちろん、従来型のノーコード環境を提供していた企業も、生成系AIのポテンシャルには気付いているので、今後は、生成系AIを活用し始めるだろうとは思いますが、往々にして、この手の大きな変化が起こった時には、守るもの・失うもののない新規参入組の方が動きが早くて有利です。
最後までお読みいただき、有り難うございました。 ☚ LINK
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