保有国債が含み損に、金利が上がればどうなるか
野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授
2022年12月11日
日銀が保有する国債が含み損になった。今後、長期金利が上昇して0.38%を超えれば、含み損が自己資本を超え、日銀は債務超過に陥る。これによる日銀納付金の停止は、国民負担を増加させる。
日銀保有国債が含み損
日本銀行が保有する国債の時価評価が簿価を下回り、含み損になった。
11月28日に発表された4~9月期決算によると、9月末時点の国債の簿価は545兆5211億円で、時価は544兆6462億円だ。
差額の8749億円だけ含み損が発生した(図表1)。
3月末時点では4兆3734億円の含み益だったので、この半年間で状況が大きく変わったことになる。こうなったのは、金利が上昇したためだ。新発10年物国債利回りは、3月末時点では0.22%だったが、9月末には、日銀が上限とする0.25%近くにまで上昇した。
長期金利が0.13%ポイント上がると、債務超過に
2022年9月末の日銀の純資産は5.0兆円だ。
仮に日銀が国債を時価で計上しているとすれば、国債評価損が5兆円を超えれば、債務超過になる。
では、長期金利がどれだけ上がると、この状態に陥るか?
(注:なお、日銀が今後購入する国債についても将来含み損が発生する可能性があるが、ここでは、対象を日銀が現在保有している国債のみに限定して考察している)
日銀の雨宮正佳副総裁は、12月2日、参院予算委員会で、イールドカーブ全体が上方にシフトした場合の評価損を問われ、1%なら28.6兆円と答えた。
したがって、長期金利が0.175(=5÷28.6)%ポイント上昇して0.425%になれば、評価損が5兆円になる。
では、金利はそこまで上昇するだろうか?
QUICKが10月31日に発表した10月のQUICK月次調査<債券>によると、新発10年物国債利回りに関する市場関係者の見通しは、2023年4月時点で、平均0.282%だった。0.28%であれば、まだ債務超過にはならない。
しかし、そこから0.14%ポイント程度上昇すれば、債務超過になる。つまり、2023年4月の段階で、債務超過は差し迫った問題になる可能性が強い。
満期まで保有しても、日銀は債務超過になる
以上で述べたのは、評価損である。だから、国債を実際に売却しないかぎり、含み損にとどまる。
日銀は、決算書で国債を簿価で計上しているので、直接的には問題は生じないように思える。
雨宮副総裁は、前記の答弁のなかで、保有資産の評価損や資産売却による損失が短期的に生じても「金融政策の遂行能力が損なわれることはない」とした。
しかし、日本銀行が国債を償還時まで持ち続けても、金利が上昇すれば、日銀に損失が発生して、日銀は債務超過に陥るのである。これについて以下に説明しよう。
中央銀行は、資産として国債を保有している。通常は、負債は銀行券であって、利子の支払いは必要ない。
しかし、現在の日本では、負債として、当座預金が圧倒的に多い。2022年9月末では、銀行券が120兆円、当座預金が493兆円だ。当座預金は、基礎残高・マクロ加算残高・政策金利残高という3つに区別され、次のような付利がなされている。
基礎残高には0.1%、マクロ加算残高には0%、政策金利残高にはマイナス0.1%。
金利を引き上げると、当座預金に対する付利の支出が増える。他方で、既発行国債の利子収入は変わらない。したがって、日銀の収支は悪化する。
どの程度の変化が生じるかは、金利がどの程度上昇し、それに応じて付利をどうするかによる。
仮に3つの階層のすべてについて金利を1%ポイント引き上げれば、日銀の収支が年間4.9(=493×0.01)兆円悪化する。
国債償還額に対応するだけ付利の支払いも減る
では、付利の増加は、どの程度の期間続くだろうか?
国債の償還期限が来ると、政府は借換債を発行する。民間の銀行がこれを購入するが、購入資金は、日銀当座預金を取り崩すことによって調達する。
これによって、日銀のバランスシートは次のように変化する。
まず国債を償還したので、資産にある国債が減少する。そして、民間銀行が当座預金を取り崩したので、日銀のバランスシートで当座預金残高が、国債償還額だけ減少する。
結局のところ、国債償還額に対応するだけ、当座預金の残高が減少し、付利の支払いも減る。
つまり、金利が上がると、当座預金残高×金利上昇分だけ付利支払いが増加するが、それは当座預金に対応する国債が償還されるまで続くわけだ。
したがって、付利増加額の合計は、
当座預金残高×金利上昇幅×国債の平均残存期間
ということになる。
ところで、ファイナンス理論によれば、金利が変化した場合の国債の評価額は、次の式で表される。
国債評価の下落額=国債残高×金利上昇幅×国債の平均残存期間
(正確にいうと、「平均残存期間」ではなく「デュレーション」だが、両者はほぼ同じものと考えてよい)
当座預金残高と国債残高が等しいとすれば、これら2つの式は同じものだ。つまり、国債評価額の減少と同額だけ、当座預金の支払いが増加することになる。
以上のことは、次のように考えても、確かめられる。
先に述べたように、雨宮副総裁は、「長期金利が1%上昇した場合、日銀が保有する国債の評価損は28.6兆円」と答弁した。
2022年9月末の長期国債保有額は546兆円だった(図表1参照)。したがって、上の公式から、平均残存期間は5.24年程度ということになる。
ここで簡単化のため、すべての保有国債が、平均残存期間で一挙に償還されるものとしよう。
すると、損失増加額の合計は、先に示した4.9兆円の5.24年分、すなわち25.7兆円になる。
先に、1%ポイントの金利上昇によって生じる評価損は、28.6兆円だと述べた。
ここで示したように、国債を満期まで持ち続けても、ほぼ同額の損失増が発生するのである(完全に一致しないのは、長期国債残高と当座預金残高が同額でないため)。
日銀納付金がなくなるので、国民負担が増加
国債の評価損は、付利の支払い増に対応しているのである。両者が等しくなるのは、偶然ではない。その意味で、評価損は、現実の問題を引き起こす。
実際、日銀が債務超過に陥れば、日銀納付金はストップする。2021年度の日銀納付金は、1兆2583億円だった。
防衛費増額など歳出増加のときに、納付金が約3年間ストップすることの影響は、決して無視できない。
政府は、これを補填するための財源を探さなければならない。何が選ばれるにせよ、国民負担は増加する。
さらに、日銀への信認が揺らげば、為替レートや金利の急変動などのリスクも高まるだろう。
この問題にどう対処するかが、来年4月に発足する日銀新体制が取り組むべき喫緊の課題だ。
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