「役職定年」を廃止する日本企業が増えた理由
タイプ別で変わってくる新潮流への適応方法
日沖 健 : 経営コンサルタント
2024年06月13日
一定の年齢・年次に達した管理職を平社員に降格させる役職定年。多くの日本企業が導入してきた同制度を、廃止する企業が近年増えています。今回は、企業が役職定年を廃止する理由と従業員への影響について考えてみましょう。
役職定年は年功序列と密接に関係
世界の多くの国でも、定年制は存在します。
しかし、役職定年という制度が広く普及しているのは、おそらく日本だけでしょう。
役職定年が広がったのは、1986年のことです。 この年、高年齢者雇用安定法により、企業が定年制を設ける場合には定年を55歳から60歳に延長することが義務化されたことを受けて、大手企業が導入を進めました。
当時、年功序列の賃金体系を採用している企業が多く、50代の賃金は下の年代と比べて高水準でした。
50代を高賃金のまま雇用延長するのは困難だと判断した企業が役職定年、つまり降格=賃金引き下げによって人件費負担の膨張を防いだのです。
役職定年になった社員の9割以上が年収減になり、さらにそのうち約4割の人が「年収50%未満」まで給与水準が低下しているという調査結果があります(ダイヤ高齢社会研究財団、2018年調査)。
同時に、役職定年には人事の停滞を防ぐという狙いがありました。
近年のゼロ成長時代に管理職のポストはなかなか増えません。
その限られたポストに定年延長で高齢社員が居座り続けることがないよう、役職定年によって若手の登用を進めたのです。
このように、急速に高齢化が進むわが国において、役職定年は企業が人件費負担を軽減し、組織の活力を維持するうえで、重要な制度でした。
従業員数が500名以上の企業の約30%が役職定年を採用しています(人事院、2017年調査)。
実力主義・成果主義で役職定年は消滅へ
ところが、制度導入から約40年経ったいま、役職定年を廃止する動きが広がっています。
高齢化や人手不足といった変化を受けて、同制度が非合理的になりつつあるからです。
まず、年功序列を維持するのが困難と判断した企業が実力主義・成果主義の人事評価制度への改革を進めています。
実力主義・成果主義で評価するなら年齢と賃金・役職は無関係なので、高齢社員の人件費負担や人事の停滞は問題でなくなります。また、役職定年の悪影響、とりわけ職場の活力の低下を無視できなくなっています。
役職定年で権限を失い、給料が減った元管理職は、働く意欲を失いがちです。
そのことが職場の活力、ひいては生産性を低下させてしまいます。
定年が60歳だった頃は、そういう“働かないオジサン”は少数だったので、周りが業務の穴をカバーすることができました。しかし、人手不足が深刻化する一方、定年が65歳、70歳と引き上げられて高齢社員が多くなると、見過ごせなくなります。
役職定年を昨年廃止した消費財メーカーの役員は、「当社でも高齢社員の戦力化が長年の懸案でした。一昨年ジョブ型雇用に転換し、年功序列から脱却したのを機に、役職定年を廃止しました」と理由を説明しています。
役職定年を維持している金融機関の人事部長は、「時間の問題。近く廃止します」と明言しています。
「全社的に実力主義の人事評価制度へと改革を進めている最中です。実力のあるなしに関係なく処遇する役職定年は、従業員に説明がつきません」。
アメリカでは、定年は年齢による労働者の差別に当たるとして連邦法で違法です。
日本の役職定年は違法ではありませんが、労働者の人権を考えると微妙なところ。
今後、人権重視の潮流とともに、役職定年を続けるのは困難になると筆者は予想します。
役職定年廃止で若手でも降格・大幅減俸?
では、役職定年が廃止されたら、会社や従業員にはどういう影響があるのでしょうか。
セオリー通りなら、役職定年がなくなったら「みんながハッピー」なはずです。
会社は、今まで役職定年後に安く雇っていた高齢社員に高給を払う必要があります。
直接的には人件費アップですが、高齢社員が意欲的に働けば生産性が上がるので、生産性が高い高齢社員に限って高給を払うなら、実質的な負担増にはなりません。
高齢社員にとっては、どうでしょうか。生産性の違いで賃金がダウンするケースと維持できるケースに分かれます。
賃金がダウンする高齢社員は、従前の通りなので大きな不満はないでしょう。
賃金を維持できる高齢社員は、従前よりも賃金が増えて大満足です。
では、実際のところはどうでしょうか。エネルギー会社に勤める40代の管理職は、会社が最近役職定年を廃止したことを心から喜んでいます。
「私の所属部門で管理職をしていた先輩は、役職定年になった途端に職場のメンバーからイジメを受け、ノイローゼになって退職しました。そういう悲惨な状況を間近で見ていて憂鬱だったので、役職定年が廃止になって本当に良かったと思います」
一方、「みんながハッピーとは限らない」とする見解もあります。
役職定年を維持している機械メーカーの人事担当役員は、次のように若年層への影響を指摘しています。
「当社では、(役職定年の)56歳までは降格はなくきちんと給料を払う代わりに、その後は給料を下げさせてもらいます、という考え方です。仮に役職定年を廃止し、年齢に関係なく実力や成果で評価するなら、『56歳までは降格はなくきちんと給料を払う』という部分もなくなり、若手でも降格・大幅減俸というケースが出てくるでしょう」
役職定年の廃止というと、会社と高齢社員の利害対立という視点で捉えがちですが、若年層を含めて広く影響がありそうです。
体力が落ちた高齢者も猛烈に働くべき?
ところで、役職定年廃止や雇用延長といった制度改革を受けて、いま高齢社員の働き方が大きく変わろうとしています。最大の変化は、現役世代と高齢社員という区分がなくなることです。
これまで高齢社員は、役職定年あるいは定年に達するまでは猛烈に働き、その後は平社員あるいは雇用延長で契約社員になり、「シニア社員」などと呼ばれて閑職でゆったりと“社内老後”(筆者の造語)を過ごす、という働き方でした。
ところが、年齢の垣根がなくなると、高齢社員にも若手・中堅と同じ働き方をすることが要求されます。
引き続き猛烈に働き、成果を出して貢献する、「職場の貴重な戦力」という位置付けになります。
ここで考えなければならないのは、高齢社員の健康格差と資産格差です。
若い頃は「健康だが貧乏」という社員が大多数です。ところが、高齢になると、健康を害したり、しっかり資産形成をできていたり、できていなかったりして、次の4タイプに分かれます。
① 健康だが貧乏
② 健康で金持ち
③ 不健康で貧乏
④ 不健康で金持ち
深刻化する人手不足や年金財政難を受けて、いま企業も国も「高齢者はもっと働け!」の大合唱です。
しかし、働き方を決めるのは、あくまでも高齢者本人。一般に、タイプごとに次のように考えます。
4タイプ別の選ぶ道
まず、①健康だが貧乏な高齢社員は、企業や国が期待・要望する通り、若い頃と同じように猛烈に働くべきでしょう。というより、猛烈に働いて稼がないと、生きていけません。
一方、金持ちの高齢社員は、企業・国の期待・要望に耳を貸す必要はありません。
②健康で金持ちの高齢社員は、仕事が好きなら働けばいいし、嫌いならリタイアします。
④不健康で金持ちの高齢社員は、無理のない範囲で働くのも結構ですが、基本はリタイアします。
問題は、③不健康で貧乏な高齢社員。働けないが働かなければいけないわけで、選択の余地も有効な対策もありません。このタイプの高齢社員には、企業や国が何らかのサポート・対応をする必要があるでしょう。
近年、経済産業省が音頭を取り、先進企業が「健康経営」を推進しています。
ただ、「生産性向上」「(若手の)離職率低下」「企業イメージ向上」といった目的で取り組んでいるケースが多く、先進企業ですら不健康な高齢社員への対応は不十分です。
今後、この問題が注目されるようになり、企業・国が本腰で対応を進めることを期待しましょう。
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