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ChatGPTに共通の天才性

「質問力」より大切なAI時代の必須スキルとは?

アイデアが溢れ知的会話は加速していく

2024.05.17

by 『尾原のアフターデジタル時代の成長論』

 ChatGPTに代表される生成AIの創造性を100%引き出すには、利用する人間の「質問力」が大切だとしばしば言われる。だが、「本当にそこなのかな。何かちょっと、ミッシングピースがあるんじゃないか」と指摘するのは、Google、マッキンゼー、リクルート、楽天の執行役員などを経て現在はIT批評家の尾原和啓氏だ。知的会話を加速させ、アイデアをより洗練させるために必要な力。ChatGPTが共通して備える、AI時代の必須スキルとはどのようなものなのだろうか?



「質問力」だけでは足りない。ChatGPTの本当の力を引き出す技術

ChatGPTの本当の力は、否定する力を解放できること」というお話を、今日はしていきたいと思います。

昨日の晩、僕が尊敬する方が、「ChatGPTに関して色々考えて、本質にたどり着いたかもしれない」みたいな、興奮気味のポストをされてらっしゃったので、ぜひお話をさせてください。昨日の深夜から今朝にかけて、非常に長文のメッセージをやり取りさせていただいたんですけど、この「否定する力を解放できる」っていうことって、すごく響いたので、皆さんにも共有させてください。

やっぱりChatGPTって、単なる業務効率化だけではなくて、クリエイティビティとして、たくさんの質問を何度も多産多死できるので。何回作り直してって言っても疲れないし、そうやって何度もリテイクを出して、あっちにちょっと考えてみてよとか、無茶ぶりな、こことここをつなげた答えを出してくれよ、と言っても、どんどん、答えてくれるので。

クリエイティビティとは、近くにあるものをつなげると当たり前だけど、普段つながってない遠くのものをつなげていくと、その人にとって新しい組み合わせができるみたいなことは、よく言われることだし。

じゃあ、そういう中でChatGPTって、「問う力」みたいなことが大事だね、みたいなことを、言うわけなんですけど、本当にそこなのかな。

何かちょっと、ミッシングピースがあるんじゃないかっていう話として、その方がたどり着いた仮説っていうのが、「否定する力を解放できる」っていうことなんですよね。

 

ChatGPT、けんすう、箕輪厚介、西野亮廣は「ダメ出しの天才」である

つまり何かっていうと、僕たちって本質的に、否定されるということって、傷つくことだったりとか、自分が何か無能に感じてしまうという風に、どうしても否定されるという体験って、やっぱり人間って、「言われた意見」と、「その人から言われてる」っていう関係性を切り離せないので、否定される経験って、なかなか日本の中では育ってないんですよね。

それに対して、自分が考えてることって、自分の中から立ち上がってるものだから、何が良くて何が悪いかみたいなことが、分からなくなるってことって結構あって。

この頭の中でモヤモヤとか、ぼんやりしていることを、GPTにぶつけてしまうと、答えが返ってきた時、「いやいや、それじゃないんだよ」っていう風に、それじゃないものを、言われることによって、それじゃないよってわかると、「あ、そっか、俺こっちの方向じゃなくてこっちの方向を考えてるんだな」っていう風に、強制的に自分の思考の範囲っていうものを、絞り込んでいくっていうことができるんですよね。

で、人間って、よく言われるように、彫刻家が木を削ってる中で仏像が見えてくる、みたいなことがあるんですけれども、自分の思考空間で、膨大にある中でなんとなくモヤモヤしてると形がわからないんだけど、「これですか?」って言われて、「いや、そっちじゃないんです」ってことで、ズバッと削れて、「ん?ってことは、こっちですか?」っていうと、こっちがズバッと削れて、「そっか、俺が考えるところ、ここだけを考えればいいんだ」っていう風に見えてくるわけです。

特に、最近のChatGPTのいいところって、例えば、自分が明日提案したいものに関して、10個考えてくれっていう風に言うとですね、単純に10個並べるだけじゃなくて、やっぱ10個が、いい感じに多様になるように、いろんな方向性から散らして答えを作ってくれるんですよね。

そうすると、あー、これじゃない削る。これじゃない削る、これじゃない削る、、っていうことをやっていくことによって、結果的に自分がモヤモヤとかぼんやり考えたものってここなんだなっていうことが見えてくる。

で、こういう体験を通して、否定の力を解放するっていうことが大事なんじゃないかなって思うんですよ。

僕らはChatGPTを通じて、否定されることによって、自分の考え方の輪郭がより高解像度に見えてくる、みたいな経験を積んでいくと、普通の会話の中の「ダメ出し」が嬉しくなってくるんですよね。

ダメ出しの天才って、実は僕はけんすうだと思っていて、けんすうって茶化す力が強いんですよ。

対人関係、人間同士の関係において、人の思考を否定すれば、どうしたって角が立つし、やっぱり自分の思考を、相手にそうじゃないんじゃないの?って言われちゃうと、自分の今の仮説を否定されてるだけなのに、やっぱり、自分の存在みたいなことを否定されるっていう風に思っちゃって傷ついたり、何かが反応してしまう。

それが、ChatGPTにおいては、むしろAIだから否定されるということが当たり前だし、その上で、「そっか、否定されるってことは、自分の考えっていうところが、否定されて、削られる中で研ぎ澄まされていくんだな」っていう経験を積んでいくと、ChatGPTとじゃなかったとしても、人との関係の中でも、お互いが相手の思考をクリアにしていくために、削っていく、削っていく、削っていく、、っていう会話が、むしろ楽しめるようになると思うんですよね。

で、そういう風にやっていくと、否定を存分にすることができるっていうことって、多様な中で、変化の中で、何か仮説を作ってかなきゃいけないところで、すごく大事なんじゃないかなっていう風に思いました。

 

けんすう、西野亮廣、箕輪厚介、ChatGPTに「否定される喜び」

途中で、「けんすうって、すげえ茶化す力が強いんだよね」っていう、ポッと出たアイデア、これ結構大事だなと思ったんで、そこもプラスしておくと、結局、人と人との関係の中で、否定するっていうことが相手を何か傷つけてしまうんじゃないかっていう時に、けんすうは、常に極端な事例を言うことによって、そっちじゃないんだよとかっていう風な、突っ込み返せるための余地を作るわけですね。

それによって、相手の体そのものにボールを投げつけるんじゃなくて、相手の考えがずれてる方向性に、あえて極端にボールを投げることによって、「おいおいおい、そっちのわけあるかーい」って言いながら、あ、そっか、こっちの方向って、ちょっと何かバイアスがかかってたりとか、自分の中で囚われがあるんじゃないかな」みたいなことを気付かせてくれるんですよね。

茶化す力って、西野(亮廣)さんも強いし、だから、いつも西野さんとか、けんすうさんとか、箕輪(厚介)さんとかとチャットをしていると、そうやって、お互いに茶化し合いながら、「こっちじゃないんですよね、あっちじゃないんですよね」って言って、僕らが、まだ適当に思いついてるアイデアみたいなことを、言い合える関係ってすごく大事だし。

そうやって茶化す力だとか、否定される喜びみたいなことを得ることによって、お互い、ボールを相手に投げつけるドッジボールじゃなくて、相手とキャッチボールをしていく中で、ちょっと取りにくい球を、パシッて取って、ピュッと投げるみたいなことだったり、あえてスルーするみたいなことをやっていくことによって、会話っていうものが、キャッチボールとして、ボールの取り合いをしている中で、いつの間にか思考の輪郭が研ぎ澄まされていく。こういうような関係性が作れていくと、皆さんにとってもいいなって思うし。

まあ、人って、アイデアを否定することによって輪郭をクリアにしてしまうことを、何か自分を傷つけられているっていう風に思いがちだから、そこは、GPTによって、「自分のアイデアを、あえて反論するとしたらどういう反論になりますか?」とか、「この意見を5人の立場から否定してください」っていう風に、AIの中で否定される中で、思考のモヤモヤとかぼんやりっていうものをクリアにしていく。こういう経験を積んでいくことって、すごく大事だなと思った次第です。

そして何よりもこうやって、いいなって思っている人が、アイデアの電球がひらめいた時にメッセージをやり取りさせていただきながら、相手の解像度に僕も何かプラスしていく、みたいな関係性がとても好きで。こういうことを皆さんにシェアしながら、皆さんも、何かひらめいたり、それでいいんだって思っていただくことが、つながっていけばです。

 

というわけで、つながる未来を楽しみましょう。




 

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