2023年10月11日 更新
[土橋美博/プレマテック,MONOist]
前回はこれまでの約20年間を振り返ってみましたが、“これから先の変化”を想像してみると、世界的にはこれまで以上のスピードでさらに変化し続けていくだろうと筆者は考えます。前回「国内製造業では2Dによる設計が根強く残っている」と説明しましたが、ここには欧米や中国、新興国との違いが見受けられます。
日本が本当に変化を遂げていくには課題があります。今回は、筆者の経験からその課題についてのお話をさせていただきます。
1.業務改善と設計開発環境の構築
今から約20年前に、「これからは3D CADでなければ仕事をとれなくなる」という言葉を聞いたことがきっかけとなり、3D推進を使命とする筆者の活動がスタートしました。
この言葉は“既に3D CADによる設計を行っていた先進的な企業”のトップの方との会話から刺激を受けたある経営者が、自社の従業員に発したものです。
おそらく、単に先進企業のトップに刺激を受けたからというわけではなく、経営者として日々感じている問題意識や将来こうありたいという姿があってこその発言だったのでしょう。
そのことを、筆者はその後の3D CAD推進活動の中で感じ取ることができました。
☞ 問題意識
必要かつ重要なことは、経営者が設計開発環境だけではなく、「会社やその現場に対して、問題意識をどこまで持つことができるのか」です。
装置製造メーカーを例に、設計開発の現場や、そこを取り巻く環境での問題を考えてみます。
図1(設計開発環境の問題)のように、設計開発環境を取り巻く問題を考える際、「内部環境/内部要因」と「外部環境/外部要因」について意識する必要があります。
· 内部環境/内部要因
o 社内でコントロールできる
o 企業の中で起こっている変化
o 例:社内教育の実施、特許取得
· 外部環境/外部要因
o 社内でコントロールできない
o 企業の外で起こっている変化
o 例:バブル経済、リーマンショック
ご存じの通り、企業が存続していくために最も重要なのは利益を生み出すことです。
マネジメントの父であるドラッカーの名言に「企業の目的は顧客の創造である」というものがあります。
企業は顧客の創造を行い、顧客に価値を提供し、顧客満足を獲得し続けていくことで、利益を生み、存続していきます。装置製造業界も全く同じです。
顧客に価値の提供を行い続けていくには、変化する外部要因と内部要因から、企業のあるべき姿と現状を比べることでギャップを見いだし、「問題は何か? 問題解決を行うための課題は何か?」を明確にして、その解決のための施策を打つことが必要かつ重要です。
あくまでも事の始まりは問題意識です。
☞ 業務改善とIT
経営者は常に問題意識を持っています。そして、その問題意識を具体化して解決を図ることが重要です。
決して、事の始まりがツールではないということです。
経営者が持つ企業のありたい姿と、外部要因と内部要因から来るありたい姿とのギャップを埋めるには、業務改善を行う車輪と、業務改善を
行うための支援ツールとしてITを活用するという車輪の両輪を回していく必要があります。
しかし、実際のところ、筆者の印象では、
- 社内で問題意識が共有されていない
- 経営者の思いを理解し、業務改善とIT活用が行える社員とスキルの欠如
- 社内で連携して進められない
- ツールありきの理論
- IT活用の正しい知識と実践の欠如
といった課題があるように感じています。
図2 業務改善とIT活用によって設計開発環境は改善される
3D CADの普及率が低く、その活用成果が得られていない企業の話をよく聞くことがあります。ツールを導入したが効果が得られない……というのは、業務改善の目的がないということです。
もっといえば、問題の本質を見つけることもなく、ただ単にツール導入に頼っただけです。それでは仕事のやり方を変えることはできません。
世の中で、DX(デジタルトランスフォーメーション)が騒がれていますが、DXも単にデジタルツールを使うことが目的ではなく、例えば、ある業務を改善するという目的/目標を達成するために、その手段としてデジタルツールを使うという考え方になります。
「これからは3D CADでなければ仕事をとれなくなる」という意味を再考する必要があります。
2.新しい設計開発環境
デジタルネイティブに耳を傾ける
日本の平均年齢は48歳です。間もなく50歳に到達します。一方、海外の平均年齢はもっと若く、米国も中国も38歳です。
若い世代といえば、最近ではデジタルを駆使して便利な世界を作れるスキルを備えた「デジタルネイティブ世代」の人たちの活躍も目立っています。ここでのキーワードは“便利な世界”です。筆者は、日本でこのデジタルネイティブの人たちが便利な世界、便利な仕事のやり方をしようとしたときに、“これを阻害しようとするものが日本の企業の中にある”ように思えてなりません。
これを阻害するのではなく、これを進めることのできる環境こそが必要だと考えます。
- デジタルツール活用の新技術を駆使することで……
-
- 設計/生産技術力を向上させる
- 海外生産コストに勝るトータルコストを実現する
- 国内調達による部品の安定供給体制を構築する
- 工程のデジタル管理を実現する
- プロダクトパートナーとの共創につなげる
- アイデアをすぐに形にできる環境を構築する
これこそが“これからのモノづくり”であり、デジタルネイティブの人たちに発揮してもらうべきスキルだといえます。
3.変わらない設計者の本質
一方、この20年間で設計者が行うべき仕事の本質に大きな変化はありません。
· 機械設計者の必要な知識
o 製図:JIS(ISO)に基づいた正しい製図
o 材料:機械材料の選定
o 機械加工法:部品の加工方法
o 公差設計:公差の設定の方法/工程能力指数
o 強度設計:強度設計につながる材料力学などの知識とCAEへの発展
o 信頼性設計:機能性の劣化を考慮する
o 要素設計:機械要素とその設計方法を理解する
これらについて、設計者はアナログ的な知識として学ぶ必要があります。
この知識がベースにあることで、デジタルの活用が成り立ちます。
例えば、AI(人工知能)を活用するとした場合、その学習に用いられる一つ一つの情報は設計の知識によるものであり、さらに、AIによって得られた結果の妥当性を判断する際にも、設計者の知識が必要となります。
AIの活用により、これら知識の組み合わせは人間が考える情報量をはるかに超えることになります。
2022年から始まった「第4次 AIブーム」といわれる現在、「ChatGPT」(3.0)は40兆を超える知識を導くことができるようになりました。
これは人間が一生涯に得られる知識の1000倍に相当する規模だといいます。
AIは単純な判断にとどまらず、何らかのアウトプットを生成する力があります。
設計者が必要とする原理原則の知識を基に、AIによって「自分の知識にないものが得られる」ようになることは、エンジニアリングの世界に大きな変革をもたらすでしょう。ただ、少なくとも今の段階では「その最終判断は人間が行う」ということにはなりますが……。
「これから機械の設計開発環境はAIによってどう変化しますか?」とChatGPTに質問してみました。
その答えを以下に抜粋します。
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(1)自動化と高度な設計最適化:
AIは、複雑な設計課題を自動化し、高度な最適化を実現します。
機械の設計プロセスにおいて、AIは多くの設計変数や制約条件を考慮し、最適な設計を提案します。
これにより、性能向上やコスト削減が可能になります
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(2)シミュレーションとテストの向上:
AIは物理的なプロトタイプを作成する前に、仮想シミュレーションを高度化します。
これにより、設計の問題点を特定し、修正するための迅速なフィードバックが得られます。
また、AIは実際のテストデータから学習し、設計の改善をサポートします。
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(3)カスタマイズと個別化:
AIは顧客のニーズに合わせて機械をカスタマイズし、個別化するために活用されます。
機械の設計や機能を柔軟に調整し、異なる市場や用途に対応できるようにします。
·
(4)グローバル協力とチームコラボレーション:
AIは地理的に分散したチームとの協力を向上させ、設計プロセスを効果的に管理します。
リモートコラボレーション、プロジェクト管理、コミュニケーションの改善などが含まれます。
この答えは情報の組み合わせだといえますが、要点を的確に捉えています。
「自動化」「仮想検証の充実」「クラウド」は3D CAD環境にとって重要なテーマです。
生成AIが盛り上がる一方、これに歯止めをかけようとする動きもありますが、日本の企業が競争力を維持するにはAIを活用すべきだと考えます。
※ メール・BLOG の転送厳禁です!! よろしくお願いします。
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