なぜ政府は普及を急ぐ? 理解できない“不合理”政策の謎
2023/08/14
執筆:野口 悠紀雄
政府はマイナ保険証(マイナンバーカードの健康保険証利用)を有していない人に「資格確認書」を交付する。これは、現在の保険証と実質的に同じものだ。
しかし、発行にかかる事務量は大変なものになる。問題はそれだけではない。面倒な上にトラブル続出でも、政府はなぜここまで執着するのか。
「資格確認書」は今の保険証と“同じ”
健康保険証の廃止問題に関して、岸田首相は8月4日、廃止時期の判断を2023年の秋以降に先送りするとした。
そして、マイナ保険証を持ってない人すべてに対して、「資格確認書」を交付する方針を示した。
資格確認書について、これまでは本人の申請に基づき、有効期限1年を限度として発行するとしていた。この方針を変更し、マイナ保険証を保有していないすべての人に対して、申請によらずに交付する。有効期限は5年を超えない期間にする。
簡単に言えば、健康保険証を廃止し、その代わりにそれと実質的にはまったく同じものを、資格確認書という名前で発行するということだ。
資格確認書の発行は1回限りではなく、5年の有効期限を迎えるたびに、新たな確認書を発行することになるようだ。
後期高齢者保険では健康保険証の有効期限は原則1年だから、その有効期間が来るたびに発行されるのだろう。
組合健保の場合、現在は、一度保険証を獲得すればそれをずっと使えるが、それを5年ごとに発行することになるのだろう。
つまり、現在ある保険証と同じものを発行するのだが、その頻度が現在とは違うものになるということのようだ。
なぜこのような方式に変更する必要があるのだろうか?
今の保険証のままでいいのではないだろうか? なぜこんな面倒なことをするのか?
事務量“爆増”という深刻問題
今回決めた資格確認書の交付によって、事務量が増える。現在、マイナ保険証に切り替えている人は、約6500万人と言われる。
今後マイナ保険証への切り替えがさらに増えるかもしれないが、資格確認書で済むなら、それで良いと考える人も増えるだろう。
半面、マイナ保険証に後で述べるような問題があることから、すでに切り替えている人も、それを取り消して、資格確認書にするかもしれない。そのため、発行件数が数千万件になる可能性がある。そのための事務量は大変なものになる。組合健保に関しては、現在より発行頻度が多くなるので、この問題は深刻だ。しかも、現在の保険証のように全員に発行するのではなく、マイナ保険証を持っていない人に対してだけ発行するのだから、マイナ保険証を持っているかどうかの確認が必要になる。
この確認をどのように行うのだろうか?
このための事務手続きは、大変なものだろう。その過程で混乱が発生し、誤りが発生する可能性は大きい。
以上は資格確認書発行者の問題だが、医療機関においても問題が生じる。マイナ保険証と資格確認書の2系列で問題が生じることになり、現在よりも複雑な流れになってしまう。
これをうまく処理できるだろうか?なお、資格確認書の場合は、本人負担額がマイナ保険証の場合より高く設定される予定だ。
寝たきりなどでマイナンバーカードを取得できない人に対して、なぜこのようなペナルティを課すのか、理解できない。
資格確認書の方が安全?「マイナ保険証のリスク」とは
マイナ保険証は、一度取得すればいつまでも使えるものではない。5年に1度、秘密鍵の更新が必要になる。
組合健保の場合はいったん取得した保険証をずっと使えるが、マイナ保険証はそれより不便になるわけだ。
後期高齢者保険の場合も、マイナ保険証に切り替えると5年に1回はこの手続きが必要になる。
マイナ保険証を取得したときには元気だったが、その後体調が悪化し、秘密鍵更新に役所の窓口に行けなくなる可能性もある。
代理でもできなくはないが、代理人が見つからない場合もある。
秘密鍵が更新できなければマイナ保険証は失効となるが、この場合に、発行主体がそれを感知して、自動的にすぐに資格確認書を発行してくれるのだろうか? それができないと、マイナ保険証も使えないし、資格確認書もないということになってしまう。
これに対してはどのような措置が講じられるのだろうか?
そうした危険があるのなら、先に述べたペナルティを我慢して、資格確認書にした方が安全ではないだろうか?
すでにマイナ保険証を取得した人も、そう考えるかもしれない。
以上を考えると、今回の措置は、単に混乱を拡大するだけのものとしか考えられない。
健康保険証という極めて重大な制度に関して混乱が起きることになれば、由々しき事態だ。
“曖昧な”メリット、“明確な”デメリット
そもそも基本に戻って考えれば、現在の保険証をマイナ保険証に切り替えるメリットがはっきりしない。
現在の「お薬手帳」より、薬の情報を医療機関が正確に把握できるようになるという。しかし、それはいまの健康保険証のシステムでも、仕組みを作ればできることだ。その方がリアルタイムの情報が反映されるので望ましいという意見もある。
その半面で、マイナ保険証のデメリットははっきりしている。マイナンバーカードという極めて重要なカードを持ち歩くことになるので、紛失した場合の損害が大変なものになる。
健康保険証でも紛失の問題はあるが、それによる被害は限定的なものだ。それに対して、マイナンバーカードを紛失した場合の問題は、場合によっては深刻なものとなる。
また、医療現場でもさまざまな不都合がすでに報告されている。
国民の多くが不審に思っているのは、「なぜこのように無理をしてまで、現在の健康保険証を廃止しなければならないのか?」ということだ。その理由がわからない。
「デジタル社会へのパスポート」というような曖昧な内容では、説明にならない。マイナンバーカードの普及、それ自体が目的化してしまっており、マイナ保険証がそのための手段になっているとしか思えない。
マイナ保険証は“誰のため”の政策なのか?
日本政府は、なぜマイナンバーカードの普及に異常に熱心なのだろうか?明らかに不合理な政策を強行する理由が何なのか、誰のための政策なのか、それがまったくわからない。
この政策が挫折すれば、デジタル庁の存立は危うくなるかもしれない。そのため、デジタル庁の執念はわからなくもない。
しかし、なぜ厚生労働省がこの制度に反対しないのだろうか? 誠に不思議なことだ。
我々には知ることのできない深い事情があるのではないかと疑いたくなる。そもそもこうした仕組みは、政府に対する国民の強い信頼がないと機能しない。それが欠如していることが基本的な問題だ。
世論調査によれば、国民の7割近くが、マイナ保険証に対する政府の対応は評価できないとしている。
このような評価を受けている政策が、うまく機能するはずがない。
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