技能とは何か
「技能とは何か」…「技能は能力」であると答えたい。「技能とは人間がもつ技に関する能力であり、それを使って仕事などを行う行為」を指している。能力は人に備わっていて、直接見ることはできない。見えるのは作業している状態か、作業の結果である。
ビデオで記録しても所詮、映像と音声にすぎない。これは平面的でしかも時間で流れる。
しかし技術は記録できる。技術は技を記録したり、伝えるように何かに置き換えられたものを指している。
時には数式であったり、図面であったり、文章であったりする。
「科学を人間の生活に役立てるように工夫したもの」と言う意味を含んで使う場合もある。
技術とは、やり方・方法・手段を表している。技能は人間の行為・能力を表し、技術はやがて知識となるものと言える。
一般に技能は主観的なものだといわれる。技能者自身がもっているものであるし、自分の特性に合わせて経験で築き上げたものなのである。
技術との違いは歴然としている。技術はもともとが「記述や表現や伝達」を意図している。
だから、技術の流通の速度は技能と比べて格段に速い。技術は記述し、記録され、蓄積できる。そして、技術は人の外に出て流通する。
技能は人に宿っている。
だから人以外は蓄積できないし、人が死を迎えれば技能は消える。人がいて伝承さえすれば、継承され維持できる。人が継承しなければ、技能は維持できないのである。
その点、技術は人に関係なく技術であり続ける。このように技術は「能力でない」と言うことが決定的な違いをもたらしていると言えよう。
技能は能力であるがために、独自の世界を作り上げているのである。
人間は技能を発展させようとするとき、さまざまな工夫をすると共に全身全霊を傾けるようになる。これは、熟練の極致に至るときに見出せる。
技を発揮するとき、人の内にあるものすべてを使って行うので、人は自分の能力以外のものを使用しない訳にはいかない。
だから、技に優れることは、人として優れることと無関係ではあり得ないのである。このように人の成長と技能の発展とは密接な関係があると言える。
技能と技術の違いを整理する
技能は一般に「経験的に身に付くもの」とか、「伝えられないことが多い」と言う。技能は人間が作り出したものである。これを手がかりに考えると、見えてくることも多い。自然が作り出したものではないのである。国語辞典で「技」を調べると、「技術」の内容と「技能」の内容が含まれていた。
かつては「技」という言葉しかなかったために、両者は同一の言葉の中に封じ込められていたのである。
やがてこの言葉は2つの内容に分化する。技のうち、人の働きや動きに着目した内容を「技能」として行為・能力を表わした。
技の表現・伝達・置き換えに着目した内容を「技術」として方法・手段を表わした。もともと技能は実体や具体を表わしたものであり、技術は表現や抽象を表わしている。
技術と技能の違いは、技の伝播・流通に決定的な違いを見せる。
技を伝達するために生まれた技術は、論文やメモや機械などによって多くの人々に伝達できる。
技から離れて客観的なものによって伝達されるため、目で見て再現することが可能である。
インターネットで情報のやり取りをする今日、その伝播の速度はきわめて速い。このように、技術は流通が容易である。
これに対して、技能は目で見て伝達できないばかりか、伝達の可能性すらもないように見える。人間を介在させて伝承すると言うことから、人がいなければ伝達は難しい。
最近ではビデオがあるからそうとは言えないと思うかもしれない。単に映像を収録しただけでは肝心のカン・コツはさっぱりわからない。ビデオはカン・コツを明らかにするツールとして役立つが、明確な意図をもって収録しないと伝えることは難しい。このように流通は困難なのである。
技能は人間と一心同体、密接不離と言える。したがって、技能は技能者の死と共に消える。
また、技能が育つと人間も育つ。逆に人間が育つと技能も育つということができる。 技能は伝承がなければ消えるのである。技能というものは伝承によってのみ受け継ぐことが可能になる。 そういった特性が技能にはある。
技術は人間の外にあり、技能は人間の内なるものとしてある。伝達を目的として生み出された「技術」は客観的に表現され記述できる。したがって、その流通性は高く、その汎用性は優れている。
これに対して「技能」はきわめて個別的で主体的なものである。人が違えば技能も違うのだ。 人が体験や経験を通して学ばないと習得できないという側面をもっている。 このような意味で技能は特殊化されており、誰もが同じというようなことはない。したがって技能の流通は困難なものになる。
技術と技能と科学
技を表現した方法・手段は科学によって明らかにされるが、技の動きや働きもまた科学によって裏打ちされる。
科学というと難しく思う方もいるが、物事の道理や法則性、規則性のことと考えればよい。
同じ「技」から出ていることがらの一方が科学的裏付けがあり、他方がないということは、到底考えられない。
技術が科学の助けを借りて拡大・発展したように、我々は技能についてもその力を大いに利用し、その本領を発揮しなければならない。
技能は人間がもっているものであるから、当然ながら「人間の科学」が必要となる。
例えば人間の行動、動作は人間科学に含まれる。技術における科学の主な内容は「自然科学」にあるのに対して、技能におけるそれは「自然科学と人間科学の両方」を含むことになる。
※ 「技術・技能伝承ハンドブック」「技術・技能論」より転載
技術・技能伝承の困難さの多くは、次の5点にある。
(1) 表現が難しい(暗黙知の表記が困難)
(2) 体験,経験で学習する
(3) カン・コツの抽出が難しい
(4) 体系的に整理できていない
(5) 技術・技能の科学的裏付けがない
「表現が難しい」については、行動をデジタル化・言語化・映像化で対応することで一定の成果を得られるようになってきている。
「体験、経験で学習する」ことは選りすぐった典型課題で学習させることで、かなりの部分が可能となる。
「カン・コツの抽出が難しい」点についてはインタビューで熟練者に問いかけ、その回答を伝承に反映させるようにしている。
「体系的に整理できていない」ことについては進展は遅いが、体系化への取り組みが着実に進行している。「技術・技能の科学的裏付けがない」ことについても、地道に科学的解明への努力が継続されている。
技術・技能伝承の方法
図は技能伝承の具体的な方法を示している。
主な伝承のための手段は「言葉で伝える」、「見せて伝える」、「やらせて伝える」、「工夫させて伝える」の4つの手段になる。最もよく使われるものは「やらせて伝える」である。
しかし、単にやらせるのではなく、効果、成果をあげるようにするには「やらせ方」に工夫がいる。
この具体的な方法が、図の下に列記してある。作業のステップを適切に区切って、カン・コツを意識させてやらせることが大切になる。
以下同様にして、「見せて伝える」には見えないものは見せるように意図的に扱うことや、どこを見てほしいかを明確にして見せることが重要になる。
「言葉で伝える」と「工夫して伝える」は技能学習、とりわけ高度熟練をねらう場合には大切な手段である。
「作業概念」の形成には、作業の言語化、言語による作業化が求められる。
彫物師の日常生活で、スケッチを描くことが大事だと話していたことを聞いたことがある。
立体物を平面図におとし、平面図から立体物を製作するというインタラクティブな操作が作品づくりには重要なのである。
これと同様に、実際の製作行動・行為をドキュメント化することで「概念化」作業が行われる。
また、ドキュメントを使用して製作行動・行為におとすとき、「概念化」の修正や再構築が行われると考えてよい。
このような方法の組み合わせで確実な技術・技能伝承に結びつけることができる。
例えば、実習日誌で今日やった作業のポイントを振り返ることは、習熟にとって重要な活動になる。
技能に内在する暗黙知は必ずあり、これらをどのように伝承に持ち込むかが鍵となっている。
暗黙知を伝える方法
左図は暗黙知を伝える手段を表している。形式知として扱えない側面は最近のさまざまなツールを用いれば、ある程度は明確化が可能である。
各種の測定機器や映像収録機器、画像分析機器などによって容易になってきている。
これらを用いて技能分析表に表すことは有効な方法である。この努力でかなりの部分が伝承を容易にできる。しかし、最終的にはすべての暗黙知が形式知もしくは映像ほかに置き換わることは困難だろう。むしろ、これらの伝わりづらい部分を典型課題を経験させることで目標に到達できる。
スキルアップに重要な情報が十分に含まれている課題を抽出し、与えることで到達が可能になる。高度熟練は一定の考え方と接近の方法で明らかにすることができる。
われわれはそのメカニズムと機能を明らかにし、高度熟練への到達を容易にすることが重要な課題といえよう。
下記に、少子高齢化社会における技術伝承の取り組み方などについて示したので、参考にしていただければ幸いである。
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