暗号資産の歴史と現在の潮流、乗り越えるべき課題とWeb3後の世界とは
山本仁実
2022年4月22日
円安が止まらない。各国の金融政策やパワーバランスで通貨の価値が大きく上下する現代において、暗号資産(仮想通貨)が再び脚光を浴びている。ビットコインやブロックチェーン技術はこの先どこへ向かうのか。歴史と現在の潮流について解説したい。
* インターネットが変えた世界
未来を予測する精度を高めるためには、まずは過去から現在までの流れを把握することが重要である。
そこで、暗号資産誕生以前までのインターネットの歴史について簡単に振り返ることとする。
インターネットの誕生は、人々の情報伝達手段に革命的な変化をもたらし、情報世界での距離と時間を一気に消し去った。
拡大していくWebのネットワークの中で、人々のコミュニケーション手段は飛躍し、世界中に散らばっていた同じ思想を共有する者同士の共同活動を可能にした。その結果、デジタルの世界での生産性は劇的に向上し始めたと言える。
OSS(オープン・ソース・ソフトウェア)ムーブメントは、その流れで到来した。人々はコードを書き、協調し、さまざまなプロダクトを世に送り出した。そのプロダクトは文字通り世界を変え始め、そこに産業が生まれた。
ソフトウェア、つまりは現在の社会のインフラとなっている複雑なシステム群は、無数の開発者の手によって書き換えられ続けた。世界の構成部品の基幹部分から書き換えられて、わずか数年で世界の構造は変わることになった。
人類は情報化社会を迎えることになる。
急激な変化に弊害が付き物である。インターネットという広大で無秩序な世界と、ソフトウェアの大いなる可能性を目の当たりにし、それをうまく利用する組織も出てくる一方で、それに脅威を感じる人々も出てきた。
*「暗号技術によって、人々は武装すべきである」 参考 : 第1264 版 Link ☜ LINK
この頃、社会に影響を与えた動きのひとつに、サイファーパンクがあった。
暗号技術によって、人々は武装すべきであるというその思想は、その当時は多くの人に異質に映ったに違いない。
しかし今になって振り返ってみれば、情報を守ることの重要性はいくら強調してもし過ぎることはなく、個人の人権から健全な国家・政治の運用、さらには生命の尊厳に至るまで、今では情報がその命運を左右する。
ビットコインは、その文脈の中で育まれた。直接的にはいわゆるリーマン・ショックが引き金となったが、個人の貴重な情報を守るためにSatoshi Nakamotoはビットコインとそれを実現する基礎技術を提唱したのだ。
後にブロックチェーンと呼ばれることになるビットコインの基幹技術は、中央集権体制に対して「情報」を提供することなく、二重払いを防止することで決済を確実に実施することを可能にした。
そんなブロックチェーンを維持拡大し、経済圏を確固たるものに変えていく協力者たちは、採掘者<マイナー>と呼ばれ、経済的インセンティブを伴う形で賛同者を拡大させて行った。
いくら商業主義者や国家がそこに介入しようとも、ブロックチェーンの経済圏ではあらゆる情報が透明になり、その情報は誰にも奪うことはできない。崇高なビジョンに裏打ちされ設計された仕組みは、今なお形を変えて拡大を続けている。
単なる理想ではなく、実際に稼働し、社会を巻き込んだイノベーションは現実のものとなったのだ。
* ビットコイン隆盛の鍵となった「オープンソース」
ここでのポイントは、ビットコインにまつわる一連の出来事がオープンソース活動を起点としていたことだ。
通常、ビットコインのようなアイデアを思いついたなら、スタートアップ企業としてその実現にあたるのが資本主義社会の常であろう。
企業として、イグジットを経てリターンを得たい投資家からの資金を募り、株価向上のインセンティブを与えてチームを雇用し、開発に取り組むことになる。当然そこでは、開発企業の利益追求が前提となる。
Satoshiがスタートアップ企業として自らが唯一のビットコインの取引所、唯一のマイナーになっていたら、ここまで広く支持されることは無かったはずだ。また当然に、多くの派生プロジェクトを生み出すきっかけにもならなかっただろう。
多くのオープンソースプロジェクト同様、目的が収益化ではなかったことで、参加者に平等に機会が与えられ、受け入れられたのである。
* イーサリアム(Ethereum)の誕生
ビットコインが誕生した直後、もうひとつの大きな、そして重要なアイデアが誕生した。それがEthereum(イーサリアム)だ。
ビットコイン誕生の直後から、ブロックチェーンのようなすばらしい仕組みを電子決済にのみに利用するのはもったいないという考え方があった。
通貨としての利用に留まらず、電子的な権利の証明や契約の管理に応用できるのであれば、利用シーンは一気に拡大する。
その流れの中で、ブロックチェーンを用いて分散コンピューティング環境を構築するアイデアが形になったわけだが、それはまさにインターネット誕生のころから夢見られていた分散化社会の実現を意味した。
Ethereumは、世界に広がる分散コンピューターとして誕生している。
マイニングに参加する世界中のコンピューターのリソースを活用し、どこの誰にも奪われない形で、プログラム<契約>を実行できる。そのシステムによって、契約事がプログラム化さえできれば、安全に管理できるようになったのだ。
すべての情報は公に開示され、誰にも改ざん不可能なため、役所や中央組織に取引内容の正当性を照会したり、結果の改ざんがないように保護を求めたりする必要はなくなる。その結果、取引相手を信用するためのコストが劇的に下がることになるだろう。
* ICO(新規暗号資産公開)バブルへ
この、あらゆる契約ごとを電子化できる仕組みである「スマートコントラクト」の誕生が、暗号資産の生態系を変容させ、進化を加速させることになった。
スマートコントラクトがあれば、Ethereum上で通貨すら開発することができる。
自らが好きな通貨を発行し、資金調達をすることだってできる。これまでは国家規模の組織でなければ実現し得なかった通貨発行が、信用コストの低下によって誰にでも手軽に扱えるようになったのだ。
ビットコインの存在は成功事例としてこの流れを後押しした。
これがきっかけとなり、技術的な発展を目指す技術者だけではなく、次のビットコインを目指す実業家も暗号資産に参入するようになった。そして、ICOバブルにつながる。
それは急激に成長した新たな産業の負の側面を浮き彫りにし、多くの課題を突きつけることになった。
* 乗り越えなければならない課題
短期間で大量の資金が流入して膨れ上がった暗号資産の市場には、未解決の課題が多くある。
利用者及び投資家の保護を意図した規制や、個々のプロジェクト側のガバナンス体制も発展の余地を残している。
セキュリティーに至っては、致命的な損害を繰り返し、大規模なハッキング事件を頻発させ、何度も史上最悪の被害額を更新している。
オープンソースプロジェクトにとっては、不具合の発覚とその改善は尽きることがない。
むしろ、多くの人が関わるからこそ、早期に問題点が叩き出されて、同時に改善案が議論できる。
未完成で未発達な状態が人目に晒されることで、質を高めていくカルチャーだ。
営利企業が非公開な環境でソフトウェアを開発する場合との決定的な違いがそこにある。
だからこそ健全に発展していくのだが、悪い見方をすれば脆弱性も常に開示されている場合もあり、加えて法整備が追いつかないことや、基幹技術そのものが未発達なことも相まって、悪意のある人物が盗難事件を起こす温床にもなっている現状があることは認めざるを得ない。
他にも、ビットコインをはじめとしたブロックチェーンの上に成り立つ生態系には課題がある。
処理速度の遅さが最初に指摘され、次に透明性を担保するためのプライバシーの問題も表面化した。
他にも、ブロックチェーンを維持するための消費電力や、犯罪利用が問題視されている。
* マーケットを歪める「情報の独占」をどう防ぐか?
インターネット全体を俯瞰してみれば、さらに大きな問題が存在する。それは、情報の独占である。
Web2.0時代を駆け抜けた超大企業数社によって独占と寡占が常習化し、大半の市場は単一の製品のみで成り立っていると言っても過言ではない。
エドワード・スノーデンが告発した通り、そのような情報の独占環境は健全な社会を生み出しているとは言い難く、情報が集約することによる弊害が多いことを認める必要がある。
SDGs的なアプローチで情報の集約からの脱却を図る動きもあるが、営利企業のそれはあくまでも自社の中央集権的な利権の拡大維持を前提としている。
昨今突如として注目を浴び始めたWeb3と呼ばれるムーブメントは、その反動として誕生したのではないだろうか。
* 「Web3」が平等な世界を創る?
無秩序に分散化した状態で始まったWebの世界は、オープンソースの成果物の上で急成長を遂げて、現在の独占的インターネット社会を生み出した。
いま、再び分散化した豊かな情報化社会を勝ち取ろうと、開発者たちは戦っている。
ビットコインやEthereumの掲げた理想に動かされ、その生態系で次なるイノベーションを生み出し続けているのだ。
それを人々はWeb3と呼ぶが、これはまだ始まりに過ぎない。
☞ 「おがわの音 ♪ 第 371版」から
昨今、ブロックチェーンを活用した仮想通貨の登場で、世界中の「お金の概念」が大きく変わろうとしています。
仮想通貨の動向にも詳しい米在住の世界的プログラマー・中島聡さんは、今まで複数回にわたって仮想通貨の可能性や危険性について考察してきましたが、そもそも「ブロックチェーンとは何か?」という根本的な疑問について、成り立ちからわかりやすく解説しています。
ブロックチェーンとは
ブロックチェーンを活用した仮想通貨が投機対象になりバブル状態にあることは、このメルマガでも何度も指摘してきましたが、「ブロックチェーンとは何か」を分かりやすく説明するのは結構難しいので、これまで躊躇してきました。
今週はそれにチャレンジしてみようと思います。
ブロックチェーンという技術は、2008年に、Satoshi Nakamoto と名乗る人が、”Bitcoin: A Peer to Peer Electronic Cash System” という論文を発表したことにより、世の中に知られるようになった技術です。
この論文で、彼は、「デジタル通貨の二重使用問題(分散システムにおいて、デジタル通貨が同時に別々のところで 使われてしまう可能性を排除出来ない問題)を暗号化技術とゲーム理論を使って解決した」と発表しました。
通常の紙幣や硬貨と違い、デジタル通貨は、簡単にコピーが可能なので、(これまでのやり方では)分散システムで 管理するのが不可能で、一つのデータベースで一元管理する必要がありました。
例えば、Paypal 上のデジタル通貨は、Paypal という会社が管理するデータベース上に作られた「電子元帳」上のレコードであり、Paypal 抜きに取引することは不可能です。
別の言い方をすれば、私が $100 のデジタル通貨を持っていることを証明できるのは Paypal だけなのです。
銀行に預けたお金も基本的には Paypal と同じで、「私のUFJ銀行の普通口座の残高が10万円だ」という事実は、UFJ 銀行が管理する「電子元帳」上に記録されており、それを証明できるのは、UFJ 銀行だけなのです。
すべての取引が Paypal 上で成り立っていれば問題ありませんが、問題は金融機関をまたがった取引にあります。
Paypal に口座を持っている A さんが、UFJ 銀行に口座を持っている B さんに送金しようとした時には、別々の会社が管理する「電子元帳」に同時に変更を加えなければならないため、これに非常に大きな手間とコストがかかるのです(銀行振込の手数料が「他行向け」の方が高いのはそれが理由です。実際のコストは、同じ銀行内の振込手数料は無料であるべきぐらいに違います)。
分散通貨システムとは、Paypal や銀行のような会社抜きに、分散型の「電子元帳」でデジタル通貨を管理しようというアイデアで、利用者はデジタル情報(0と1の集まり)で表現されたデジタル通貨さえ持っていれば、どこででも使える、というアイデアです。
こうすることにより、Paypal のような「管理者」(もしくは金融機関)を排除し、はるかに低コストで 通貨の交換ができることになります。
アイデア自体は素晴らしいのですが、分散システムならではの欠点があります。
デジタル通貨の二重使用を防止することが非常に難しいのです。
分散システムは、それぞれのサーバーに「電子元帳」のコピーが存在するため、一つのコピーに生じた変更を他のコピーに伝搬する仕組みがありますが、その伝搬の遅延を悪用すれば、二重使用が出来てしまうのです。
例えば、分散システムが S1 から S10 の10個のサーバーで構築されていた場合、S1 には(100ドルしか持っていない) A さんの口座から100ドルを(なんらかの対価の代金として) B さんの口座に移し、S2 には A さんの口座から100ドルを C さんの口座に移すという指示をほぼ同時に出した場合、実際には100ドルしか持っていない A さんが200ドル送金することを許してしまうことになるのです。
もちろん、こんな不整合は S1 上の「電子元帳」への変更と、S2 上の「電子元帳」への変更を後に融合しようとした時に発見できますが、その時には、A さんはすでに B さんと C さんから100ドルのお金に対する対価を受け取ってしまっていれば、後の祭りです。
Satoshi Nakamoto は、従来型のシステムは、それぞれのサーバーに置かれた「電子元帳」の変更が簡単すぎるのが問題だという点に着目したのです。
簡単すぎるために、同時期に別々のサーバーにアクセスされると、「電子元帳」間の不整合(同じ通貨が二度使われてしまうなどの状態)が簡単に生じてしまうのです。
そこで、Satoshi Nakamoto は、「電子元帳」への取引の追加を「ものすごく難しく(=計算量を多く)」することにより、この問題を解決しました。それも単に計算量が多いだけでなく、運にも左右される仕組みになっているため(膨大な計算をして、正しい追加の方法を「発見」しなければならないようになっています)、ユーザーからアクセスされたサーバーが単体で出来るものではなく、(分散システムを構築する)他のサーバーに協力を仰がなければならないように設計したのです。
つまり、「特定のデジタル通貨の所有者が、A さんから B さんに移る」という事実を「電子元帳」に記録するためには、(分散システムを構築する)サーバーすべてが協力しなければ、それが出来ない仕組みになっているのです。
しかし、それだけでは、サーバーを管理する人たちにとって何も良いことがないので、最初に「正しい追加の方法を発見した」サーバーには、報酬として新たなデジタル通貨を与えることにした点が、Satoshi Nakamoto の「発明」であり、「ゲーム理論」の応用なのです。
この「報酬システム」の存在故に、報酬を欲しい人たちが競ってサーバーをシステムに追加し、それによって、システム全体の信頼性が高まり(サーバーの数が多いほど不正取引が難しくなる設計になっています)、二重使用が事実上 不可能になっているのです。
ブロックチェーンでは、報酬目的で「電子元帳」への取引の追加のための計算の協力することをマイニング(採掘)、 そんなサーバーを運営する人たちをマイナー(採掘者)と呼びますが、これはブロックチェーン特有の偶然に大きく左右される計算方法の特徴をよく表しています。貴重な鉱石を見つけるために土を掘っている姿に似ているからです。
ちなみに、Satoshi Nakamoto は、実名ではなくペンネームであるため、「その正体は誰か」というのが業界ではしばしば話題になります。私の名前(Satoshi Nakajima)がたまたま似ているため、「本当は君がブロックチェーンの発明者なんじゃないの?」と尋ねられることもしばしばですが、残念ながら違います。
このように、ブロックチェーンは技術としては本当に画期的で、(HTTP や HTML に並ぶ)ソフトウェア業界の最大の発明の一つと言って良いぐらいの素晴らしい技術です。
しかし、それが今や投機対象となってバブルが生じ、数多くの金融詐欺の被害者を生み出していることはとても残念です。
このブロックチェーン・バブルの行き先がどこになるのかを予想するのはとても難しいのですが、どのバブルとも同じで、その中で(上手なタイミングで売り抜けて)莫大な利益を得る一部の人たちと、(トータルで)莫大な損害を被る大勢の人たちが生まれることだけは確実だと思います。
どうしても「ブロックチェーンで一儲けしたい」と言う人の気持ちも分かりますが、あくまでこれは(バブルに乗じた)ギャンブルだと割り切って、「なくなっても人生に影響のない額」にとどめるべきだと思います。
☞ 最後までお読みいただき、有り難うございました。
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