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なぜロシアは民間施設まで攻撃するのか?


ロシアによるウクライナ侵攻(写真はロイター)

米CIA系シンクタンクが備える「4つのシナリオ」から見えたプーチンの狙いと早期“和平合意”の可能性

高島康司

2022年3月19日

ウクライナ情勢を見ていると、やはり当初はプーチンも侵攻は考えていなかったように思える。 

それが現在では民間施設まで攻撃している。プーチンは今、何を考えているのだろうか。



開戦は突然に決まった?

ロシア軍のウクライナ侵攻から約3週間が経過した。当初は5日程度で終了するはずの作戦だったようだが、内外で指摘されている通り、今回のウクライナ侵攻は予定通りには進んでいない。ロシア軍はぶざまとしか言いようがない。

補給路を構築することなくいきなりウクライナ全土に侵攻し、いたずらに戦火を拡大させている。

西欧諸国から軍事支援されたウクライナ政府軍の予想外の強さがロシア軍の侵攻をくい止めているが、それだけではないようだ。

2月21日までプーチン大統領は、ウクライナには侵攻する意志はないと明言していた。しかしながらその後数日でプーチン大統領は態度を変え、ウクライナ国境で軍事演習を実施していたロシア軍をウクライナに侵攻させた。

軍事作戦の実施には長い補給路(兵站)の構築がもっとも重要だが、軍事演習にはその必要性はない。

今回の侵攻は、演習を行っていた軍でいきなり侵攻したため、補給路の構築は後回しになってしまった。

その結果、65キロに及ぶ長い補給部隊がウクライナ政府軍の格好のドローン攻撃の対象になった。

このような不手際を見ると、プーチン大統領によるウクライナ侵攻の決断は2月22日以降の数日でいきなり行われた可能性がある。

プーチン大統領にそのような決断をさせたのは、おそらく緊急性の高い事態が発生したためだ。それは以下の2つである。

   1. チェルノブイリ原発に保管されている放射性物質を撒き散らす「汚い爆弾」によるウクライナの攻撃

   2. ウクライナ国内にある生物化学兵器の実験施設からの攻撃

西側のメディアでは、これらの可能性は無視されているが、十分に検討に値するはずだ。

一方、補給路などの準備をしないでウクライナに侵攻したロシア軍だが、体制を立て直し、ウクライナ北部、西部、そして南部に支配地域を拡大している。

いまロシア軍は首都のキエフから15キロの地点に待機し、キエフへの散発的な攻撃を行っている。

 

なぜ民間施設まで攻撃されるのか?

しかし、当初は明らかに軍事施設に対象が限られていたロシア軍の攻撃だが、いまは原子力発電所、病院、学校、ショッピングセンター、集合住宅などの民間施設が攻撃対象になっている。攻撃に見境がなくなり、無差別になっているとも見られている。

米国防総省の高官も、ロシア軍がこれまでに950発以上のミサイルを発射したとしたうえで、引き続き首都キエフが長距離からの砲撃にさらされ、住宅地などが頻繁に攻撃されていると指摘している。また、アゾフ海に面する東部の要衝マリウポリもロシア軍が孤立させたうえで、市街地に激しい砲撃を行っている。このような攻撃から。民間人の死者数も増加している。

しかし、それにしても、ロシア軍がこのような無差別的な攻撃を行っている理由と狙いは一体なんなのだろうか?

日本の主要メディアでは、ウクライナ軍の頑強な抵抗にあって焦ったロシア軍が、人々の恐怖を煽るために行っているというように説明されている。ロシアの敗北は決まったという報道も散見される。

しかし、本当にそうなのだろうか?民間施設を攻撃対象にすることには、別な狙いがあるのではないだろうか?

 

CIA系シンクタンクの4つのシナリオ

そのようなとき、CIA系シンクタンクの「レイン(旧ストラトフォー)」がロシアの狙いを詳しく分析したレポートを掲載した。

ちなみに「レイン(旧ストラトフォー)」は、CIAの元分析官のジョージ・フリードマンが1997年に設立したシンクタンクだ。

いまでもメインのクライアントはCIAである。実質的にここは、CIAの民間の出先機関だともいわれている。

ここの有料サイトに掲載されたレポート「ロシアによるウクライナ侵攻がもたらす可能性のある結果」は、ロシアの目的と戦略をうまくまとめている。それによると、ロシアがウクライナで取り得る行動にはいくつかの可能性があり、それぞれにモスクワにとっての長所と短所があるという。

それは次の4つだ。 

 <シナリオ 1:親ロシアの傀儡政権でウクライナを支配>

これは親ロ政権を樹立し、ロシア軍がウクライナ全土を占拠するシナリオだ。

このシナリオでは、ロシアはキエフを武力で占領し、親ロシア派の政治勢力(例えば、2014年に国外に逃亡した勢力の一部)を政権に就け、彼らはウクライナの憲法を改正して同国の中立または非武装を確保する。

この新政府はモスクワと協定を結び、ロシアがウクライナに軍事基地を持つ権利を確保し、治安を維持することになる。

憲法改正には、国内におけるロシア語の地位の保証や、モスクワの影響を受けた地方政府により多くの権力を与えるためのウクライナの連邦化も含まれる。

このシナリオでは、ウクライナ西部はキエフの新政府を承認しない可能性が高く、国民の抵抗が続き、分離独立運動が誘発される。

< 長所>

このシナリオは、ロシアの最も野心的な目標である「非軍事化と中立化」を達成する可能性が最も高い。

親モスクワ政権の樹立と憲法改正が相まって、ウクライナが長期的に欧州およびNATOにさらに統合されることを妨げることができる。

< 短所>

この場合、ロシアはウクライナに恒久的な軍事的プレゼンスを維持し、国際社会から承認されない政府に資金を提供しなければならなくなるため、長期的には最もコストがかかると考えられる。

また、特にウクライナ西部の地域では、暴力的な民族主義者の抵抗運動が起こる可能性が高い。

さらに、このシナリオでは、欧米諸国が対ロシア経済制裁を無期限に継続することはほぼ確実であり、ロシア経済は次第に弱体化していくだろう。

短中期的には武力、威嚇、汚職で秩序を維持できるかもしれないが、長期的にはコストとリスクが高くなる。


 <シナリオ 2:ゼレンスキー政権を温存させて、ロシアが圧力をかける>

これは、ゼレンスキー政権を温存して圧力をかけ、ロシア軍の大半がウクライナから撤退するシナリオだ。

このシナリオでは、ロシアはゼレンスキー政権を存続させるが、強い圧力をかけロシアに従わせる。

そして、ウクライナの中立・非武装状態を憲法に明記し、場合によってはその保証のために一部のロシア軍基地がウクライナに止まる取引を締結させる。ウクライナはクリミアの領有権も放棄し、東部のドンバス地方を譲り渡すことになる。

キエフ政府は、連邦制を固定化し、憲法でロシア語の地位を保証することにも同意する。

その後、ロシア軍は撤退し、ウクライナは廃墟と化し、侵略の余波で激しい政治的混乱に陥る

< 長所>

このシナリオにより、ロシアは長期的で費用のかかる軍事作戦や占領に頼ることなく、中立性などウクライナにおける最大の目標の多くを短期間で達成することが可能となる。また、欧米諸国は、特にウクライナ政府を正当なものと認識し、ロシアの軍事的プレゼンスを最小限に抑えることができれば、時間をかけて対ロシア制裁を和らげることができる。

< 短所>

ロシアは、新たな軍事介入と占領で脅かす以外に、ウクライナが戦後の合意を守るための手段をほとんど持たないだろう。

また、このシナリオでは、ウクライナ国民の一般的な反ロシアの政治姿勢が変わることはなく、領土を侵犯した後にモスクワが同国政府に協定を強要すれば、その姿勢は悪化するばかりであろう。   

やがて、親欧米のウクライナ人が大規模な反政府デモを起こし、ロシアと結んだ協定も廃止する可能性がある。


 <シナリオ 3:ロシアがウクライナを東西に分割>

これはロシアがウクライナを分割し、西部は現ウクライナ政府が支配し、残りの半分はロシアが占領するシナリオだ。

この場合、ロシアはロシア系住民の多い東ウクライナの大部分を新たな独立国家として承認し、ウクライナを東西に分断することになる。ドンバス地方のルハンスク共和国とドネツク共和国は、親ロシア派のこの新東部国家に統合され、「ノボロシア」「マロロシア」(それぞれ「新しいロシア」「小さなロシア」と訳される)と名付けられる可能性がある。

ロシアは、新たに承認された政府の領域のみを占領し、ドニエプル川以西のウクライナ政府の支配下にある領域は、NATOとのバッファーとして残されることになる。

< 長所>

モスクワと経済的、政治的、安全保障的に緊密な関係を保つことを約束する比較的均質な国家を作ることは、ウクライナをさらに占領しようとするよりもはるかにコストがかからない。

< 短所>

しかし、親欧米政権が支配するウクライナの西部は、プーチンが排除しようとしている高度に軍国主義的な「反ロシア」国家として残り、さらなる軍事衝突の危険性をはらんでいる。また、国際社会の大半はウクライナ東部の国家を承認しないため、ロシアはその主要なスポンサーであり続けることを余儀なくされるであろう。


 <シナリオ 4:ロシアはインフラを破壊し、ウクライナを弱体化する>

これは、ロシアがウクライナの防衛力と経済力を低下させてから、停戦協定を締結するシナリオだ。

このシナリオでは、パルチザンやウクライナ軍残党を含むウクライナ住民の予想外の激しい抵抗により、ロシアが同国を十分に支配することはコストがかかりすぎ、非合法で不人気なロシア押し付け政権と和平協定を結ぶことはモスクワの目標を達成することにならないと判断し、ウクライナの防衛力と経済力を低下させてから、和平協定を結ぶ。 

高価な占領に代わるものとして、ロシアは事実上政権交代へのこだわりを捨て、代わりにウクライナの民間・軍事インフラ、港、空港、鉄道、軍、工場、武器庫、軍事基地を徹底的に破壊し、すべての地上軍を撤退させるだろう。

数千人のウクライナ軍人を殺害し、同国の軍事設備の多くを破壊した後、ロシアは撤退し、政府が以前の方針に戻り、再武装した場合、弱体化したウクライナに対してこの作戦を繰り返すと脅すだろう。 

< 長所>

このシナリオはロシアにとって軍事的、経済的コストを最小限に抑えることができるが、ウクライナにとっては領土をさらに占領されたり分割されたりすることなくロシアの圧倒的な猛攻を生き延びたことで、大きな成功とみなされるであろう。

ロシアにとってこのシナリオの主な利点は、おそらく西側からの最も厳しい制裁のいくつかをゆっくりと解除するプロセスの引き金となることであろう。

< 短所>

ウクライナの憲法改正が実現しない場合、同国の中立性と非武装化に関するロシアの基本的な目標は達成されないままとなり、その目標を達成するために数年後に再び同様の作戦に出なければならない可能性が考えられる。


ロシアが実施しているのは「シナリオ 4」

「レイン」のこのようなシナリオを見るとはっきりするが、いまロシアが追求しているのは最後に紹介した「シナリオ 4」である。つまり、ウクライナ国内の民間・軍事インフラ、港、空港、鉄道、軍、工場、武器庫、軍事基地を徹底的に破壊し、ウクライナを経済的に弱体化したうえで停戦協定を結びロシア軍が撤退するというシナリオだ。

いまロシア軍は、ウクライナの主要都市で集合住宅やショッピングセンター、病院や学校、そして通信基地や発電所を徹底して破壊している。停戦に向けた協議が行われ、ロシアからもウクライナからも和平に向けた建設的な発言が相次いでいるにもかかわらず、ロシア軍は激しい攻撃を止める気配はない。

これは不自然にも思えるが、ロシアが追求しているのが(4)のシナリオであれば十分に納得が行く。

つまり、和平合意をする前にウクライナのインフラを徹底的に破壊し、ウクライナを国家として弱体化するという戦略だ。

ということでは、我々は逆説的な状況を見ることにもなる。つまり、インフラを狙った激しい攻撃は、和平合意が近いことの現れだということだ。 

ウクライナ大統領府の顧問を務めるオレクシー・アレストビッチは「5月初旬以前に和平合意があるだろう。それよりもかなり早いかもしれない」と述べている。 それとともに、インフラへの攻撃は一層激しくなる可能性があるのだ。


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