ついに増産!「半導体の黒子」のしたたか投資戦略
佐賀県伊万里市にあるSUMCOの主力工場。2023年竣工を目指し建屋を増築する(写真:SUMCO)
過去の失敗を生かし事前交渉で値上げ実現
2021.12.03
これまで増産に慎重姿勢を貫いてきた半導体ウェハー大手のSUMCO。
投資に踏み切った裏側で、周到な段取りが透けて見える。
世界的な需給逼迫が続く半導体。その”黒子企業”が、ついに大規模な生産能力の増強に打って出た。半導体シリコンウェハー大手のSUMCOは9月末、製造拠点の新設を伴う増産に踏み切ると発表した。
佐賀県伊万里市の主力工場と長崎県大村市の工場に約2287億円を投じて新たな建屋を建て、最先端のウェハーを増産する。2023年後半に竣工し、2024年から2025年にかけて量産体制が整う予定だ。台湾の子会社でも282億台湾ドル(約1150億円)を投じて工場を新設し、旧世代のウェハーを増産する。
* 投資の回収にメド
これに伴い、同社は公募増資で資金を調達。6000万株の新株を発行し、調達金額は約1200億円、希薄化率は20.6%に及んだ。
増資をすると、株式数が増えることにより1株当たりの利益や株主資本が希薄化し、株価の値下がりを招くことが多い。
SUMCOも増資発表翌日の10月1日の株価は前日比100円(4.5%)安の2151円まで下落し、その後もしばらく低迷が続いた。
ところが、発表の2週間後には増資発表前の株価を回復した。
11月4日の決算説明会で橋本眞幸会長兼CEO(最高経営責任者)が「設備投資の回収メドはついている」と話したこともあり、翌5日は前日比6.9%高の2418円まで上昇。
足元でも2500円前後で推移し、増資で20%希薄化したにもかかわらず、株価は10%超上がるという展開になっている。
シリコンウェハーとは、半導体の回路を形成する基盤のこと。
半導体の製造に不可欠な基幹材料だ。SUMCOの主力製品である直径300㎜の最先端のウェハーは、技術レベルが非常に高く、世界市場は信越化学工業とSUMCOの日本勢2社の寡占状態にある。
足元では半導体不足が叫ばれ、自動車を筆頭に、スマートフォンや家電、ゲーム機などあらゆる工業製品が減産に追いこまれている。半導体メーカーは2021年初めからSUMCOに対し、「ウェハーが足りない」「増産してくれ」と催促していた。
だが、SUMCOは慎重姿勢を崩してこなかった。
「相当に大変なことになっている。(顧客は)ウェハーを入荷するやいなや、消費している状況だ」。
11月に開いた決算説明会で橋本会長は、そう語った。
半導体メーカーのウェハー在庫は払底状態で、生産ラインへの投入量が購入量を上回って減り続けている。
しかしSUMCOの今回の投資による増産が実現するのは、早くとも2024年。あと2年はウェハーの逼迫が続く可能性が高い。
焦る顧客を前にしても、すぐに増産へと踏み切らなかった背景には、過去の苦い記憶がある。
2007年2月、SUMCOは大規模な増産投資を発表した。
顧客側から「需要は右肩上がりなので、設備投資をしてほしい」との要請を受け、供給能力を倍増させたのだ。
2006年末時点で月産約63万枚だった300㎜ウェハーの製造能力を、買収子会社も含めて2009年6月末までに同140万枚に引き上げる計画だった。
が、翌年にリーマンショックが直撃。半導体需要は急速に落ち込み、過剰な供給能力を抱えたSUMCOはウェハー価格の低迷にあえいだ。
重い償却負担ものしかかり、2009年度から3期連続で大幅な最終赤字に(図)。財務はみるみる悪化し、2012年には自己資本比率が一時25%にまで落ち込んだ。
その後、不採算となっていた小径ウェハーの生産設備の統廃合や、累計約1200人に及ぶ希望退職者の募集といったリストラを断行。財務面でも優先株式を発行して資本を450億円増強し、どうにか危機を脱した。
* 事前に値上げし契約勝ち取る
この失敗をよく知る橋本会長は、今回の増産に極めて慎重だった。
2021年5月の決算説明会で橋本会長は、「グリーンフィールド投資(建屋の新設を伴う増産投資)をすごく求められているが、めちゃくちゃ増産して買い叩かれる、ということは避けたい」と明言。
顧客が今後より多くのウェハーを必要とするならば、値上げしなければ供給できないとの姿勢を明確にした。
その言葉通り、SUMCOは2024~2025年の納品分の契約をめぐり、平均的な顧客で5~6割程度の値上げを実現した模様だ。
事前に価格交渉を綿密に進め、大型投資の回収に道筋を立ててから増産を決めた格好だ。
ウェハーの生産はただでさえプレーヤーが限られるうえ、工程間のすり合わせが多く必要で、同じ機械を買ったりエンジニアを引き抜いたりしても容易に参入できない。
SUMCOが主力とする先端品になるほど、技術的な難度も高い。
歴史的な逼迫状況が到来し、自社の優位なポジションをうまく生かして勝ち取った値上げだった。
SUMCOのシリコンウェハー。半導体の製造に欠かせない材料だ(写真:SUMCO)
さらに最近は、ウェハーの安定供給を望む顧客と数量・価格を一定期間固定して供給する「長期契約」の割合も増加。
需給が緩んだ局面であれば、顧客はスポットで柔軟に調達したほうが在庫を抱えるリスクも少ないが、一定の供給量を奪い合うような環境下では、顧客にとって安定的に確保できる長期契約のメリットは大きい。
直近では需給逼迫が深刻化し、フル生産でもウェハーの供給が追いつかない状況が続いている。そのため、「2022年は(主力の)300㎜ウェハーのスポット販売はほとんどない。長期契約で埋まってしまった」(橋本会長)。
SUMCOにとっては、仮にこの先市場環境が大きく変化しても、当面一定の収入が保証されている状態と言える。
* 顧客から増産要請が絶えない
大規模な供給能力の引き上げをギリギリまで延ばしたことで、需給のバランスがいっそう引き締まり、今後の業績拡大も期待されている。
2024年まで大規模な増産はできない一方、価格は上り調子のため、当面は収益の拡大が見込まれる。
東洋経済の予想では、2022年12月期は売上高3950億円(前期比18%増)、営業利益800億円(前期比56%増)と大幅な増収増益になる見通しだ。
半導体受託製造(ファウンドリー)最大手の台湾TSMCが、2021年7~9月期に四半期として過去最高の売上高と純利益を更新するなど、空前の活況が続く半導体業界。
さらなる需要拡大を見越した設備投資も盛んで、半導体製造装置で国内首位の東京エレクトロンは大手ファウンドリーやメーカーの投資需要を享受し、今期は売上高・利益ともに過去最高を大幅更新する見込みだ。
SUMCOに対しても半導体メーカーからはいまだに「もっと増産してくれ」と要請が絶えないという。
今回の増産規模は月産20万枚程度(東洋経済推定、既存能力は非開示)で、供給はなお不足するとみられるからだ。
フォローの風を受けつつも、作りすぎて失敗した過去の教訓をどこまで生かせるか。
今後もしたたかに立ち回るべき局面は続きそうだ。
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