次世代電池の最有力候補「全固体電池」の現在地
中国のEVメーカーNIOは今年1月、
研究室では一部成果も、実用化までは茨の道
山田 雄大 : 東洋経済 解説部コラムニスト
2021年04月21日
全固体電池はリチウムイオン電池よりも高性能(大容量、高出力など)が可能で、安全性も高まると期待されている。一方、そうした優位性を本当に実現できるのか疑問の声もある。全固体電池の材料研究で最前線に立つ東京工業大学・菅野了次教授に、全固体電池の開発の現状、課題などを聞いた。
カーボンニュートラル(二酸化炭素排出量の実質ゼロ)実現のキーテクノロジーの1つが蓄電池だ。特に電気自動車(EV)の普及には現在主流のリチウムイオン電池を超えることが求められており、次世代電池の有力候補とされるのが全固体電池だ。
電池は正極材、負極材と電解質で構成されるが、液体の電解質(電解液)を使うリチウムイオン電池に対し、全固体電池は文字通り、固体の電解質を使う。
かんの・りょうじ/東京工業大学 全固体電池研究センター長・特命教授。1980年、
リチウムイオン電池を超えるのに四苦八苦
――全固体電池になればEVは航続距離が飛躍的に延びる、充電時間が短縮されるなどと言われています。
さらに全固体電池を搭載したEVを2022年にも市場投入すると発表したメーカーもあります。
一方、全固体電池が現行のリチウムイオン電池を大きく上回る性能を実用できるか疑問の声もあります。
全固体電池で飛躍的な性能向上は可能なのでしょうか。また研究室レベルではどこまで「見えている」のでしょうか。
明確に答えるのは難しい質問だが、材料の基礎研究の立場から説明したい。
まず、電池というのは正極と負極と電解質の組み合わせでできている。
正極と負極でエネルギーが決まり、電解質が抵抗になる。
電池は発明されてから長い期間、電解質には水溶液を使っていた。
それが有機溶媒系に変わったのがリチウムイオン電池だ。
これで使える電圧が一気に上がり、エネルギー密度(体積や重量あたりの容量)は格段に高まった。
リチウムイオン電池は本当に革新的な電池だ。
次のステップとして、多くの人々がリチウムイオン電池を超える電池を作ろうと試みており、1つの可能性として固体電池がある。しかし、リチウムイオン電池があまりにもすばらしいので、なかなかそれを超えることができず、われわれも四苦八苦している。
――電解質を固体にすれば性能が大きく向上するのではないのですか。
エネルギー密度は基本的に正極と負極で決まるので、電解質が固体になったからといって、基本的にそんなに変わるわけではない。固体電池を研究してきたわれわれは固体電池にメリットがあると言ってきたが、なかなか示すことができていないのが実情だ。
――あまりメリットがないのですか……。
(電解質を)固体にするメリットとして期待されたのは、まず液漏れがしないことだ。
有機溶媒は液漏れすると揮発性で着火して危険なので、それがなくれば電池がバッと燃えることもなくなるだろう、と考えられる。
さらに積層が可能になる。正極と負極の間の電解質が液体だと積層できない。
固体にすると積み重ねることができるので、パッケージにした場合にエネルギー密度が上がるというメリットが考えられる。
電池に電流が流れる際には、電解質を介して正極と負極の間をリチウムイオンが移動する。
液体の電解液ではマイナスイオンとプラスイオンの両方が動くのでリチウムイオンが実際に動いている量はそれほど大きくない。なおかつ、電解質が液体の場合、リチウムイオンの電極と電解質の界面(境界面)での移動時の抵抗が大きい。
リチウムイオンが分厚いコートを着ており、反応時にはこのコートを脱がないといけないといったことをイメージするといい。そのコートを脱ぐときの抵抗が非常に大きい。
電解質が固体になると、このコートがいらないのでリチウムイオンが速く動き、大きな電流を取れる、すなわちパワーを上げることができるのではないか、充電時間が短くできるのではないか、と考えられた。
もっとも、これまで研究してきたものの、実際にはあまりメリットがなかった。
研究室ではリチウムイオン電池を超える可能性
ただ、リチウムイオン電池に使われている電解液と同等もしくはそれより低い抵抗の固体の電解質が見つかっている。
そういう抵抗の低い物質を用いると、固体電池がリチウムイオン電池以上の特性を持つことができるかもしれないという状況まできた。それが現状だ。研究室レベルでは大きな電流が取れることがわかった。
それをどう実用化するかでいろいろなメーカーや国家のプロジェクトがトライしている。
――固体にしたからエネルギー密度が上がるわけではなく、固体によって液体の欠陥を回避できるのでエネルギー密度を上げることができる、と理解すればよいのですか。
電池が固体になるメリットとしてはまず大きな電流が取れる。
ただし、それはプロセスがそれなりに進展した場合。パワーを上げることができ、充電時間が短くなる。
また、低温や高温に強くなる。リチウムイオン電池はマイナス30度で凍るが固体なら凍らない。
リチウムイオン電池は基本的には60度以上の場合は冷却装置がいるが、固体電池なら冷却装置がいらなくなる。
100度でも150度でも大丈夫だ。
さらに、電解質がもう少し改善されればエネルギー密度そのものも上げられるのではないかと考えている。
リチウムイオン電池では電解液の抵抗が大きいために正極と負極を薄いシートにして電極内の抵抗を減らしている。
固体電池であれば電極を厚くできる可能性がある。ただし、これはまだ可能性の話だ。
正極と負極と電解質の材料の組み合わせで電池の性能は決まる。
リチウムイオン電池は基礎研究段階で、ほぼすべての組み合わせは出尽くした感がある。
一方、固体電池はまだリチウムイオン電池より性能が低いものの、材料の組み合わせ次第で性能をもっと上げられるのではないか、と考えている。
現在は液体の製造プロセスと似たプロセスで固体電池を作るのが主流だが、固体電池に最適化した製造プロセスを見つけることでもっと高い性能を目指せるかもしれない。そこは製造技術の開発の課題になってくる。
試験電池では約3倍のエネルギー密度も
――リチウムイオン電池は限界に近づいているが、固体電池にはまだ可能性がある、ということですね。今見えている範囲でエネルギー密度や充電時間(の短縮)がどこまで可能と感じていますか。
材料に関しては、2016年に正極材料当たりの重量で比較してリチウムイオン電池よりも2倍以上の出力が可能になることを実験で示した。試験電池ではエネルギー密度が約3倍、充電性能が約1.6倍といった性能が出ている。
これらは車載用を想定したもので、車載用以外でもいろいろな研究成果が出ている。
――研究室レベルではリチウムイオン電池の性能を上回る結果が出ている、と。
国家プロジェクトではリチウムイオン電池よりはるかに高い目標を打ち出している。
死に物狂いでやっており、多分数年後に達成できる。ただ、それを実用の電池に展開していくには別の課題がある。
――別の課題とは?
まずプロセス、製造技術の問題がある。安全性の問題もある。
いったん、電池ができても実用化までにはさまざまな課題をクリアする必要がある。
――電解質が固体になれば安全になるのではないのですか。
「安全だ」と言いたいところだが、電池はエネルギーの缶詰であり、気をつけて使わないといけない。
固体電池でEV用に期待されているのは硫化物系の電解質だが、硫化水素の問題もあり安全性に気を配る必要がある。
ある程度の危険は当然ある中で、材料や電池の構成などで危険を最小化する技術開発が行われている。
コストをかければ解決できる問題がほとんどだと考えるが、市場で許容されるコストで安全性をクリアできるかは実用化する企業の判断になる。
リチウムイオン電池にも安全性の規格があるが、固体電池でも安全性の規格作りが必要だ。
固体電池なら温度特性など安全性の基準を少し緩くできるかな、とは思う。
それは期待であり、実際に大きな電池を作って危険性を潰してみないとわからない。
リチウムイオン電池も、今の安全性の規格ができあがるまでにさまざまな取り組みをしてきた。
つまり、電池である以上、全固体電池であろうが安全には気をつけないといけない。
電池は内部短絡(電池内部で正極と負極が接触すること)がいちばん恐ろしい。
内部短絡が起こると破損や発火が起きやすい。固体電池では内部短絡の反応がマシになってほしい。
エネルギーの缶詰。ある程度の危険はある
――「全固体ならば安全」と安易に取り扱ってはいけないということですね。
その通りだ。電池はエネルギーの缶詰である以上、乾電池でも鉛蓄電池でも使い方次第では危険になる。
それでも電池を使うメリットは非常に大きい。全固体電池はリチウムイオン電池より性能が非常によくなる可能性がある。
安全性もその1つだ。ただし、確立するには時間がかかる。
リチウムイオン電池が実用化されたのは1991年。
最初はビデオカメラに入った。その後、いろいろな製品に使われて現在は自動車にも使われるようになった。
ここまでに20年から30年かかった。この間にいろいろな経験をしてきた。
リチウムイオン電池はすばらしい電池だがまだ課題がある。
材料の開発は1991年からもっと前にさかのぼる。
ノーベル化学賞を受賞したスタンリー・ウィッティンガム氏の研究は1976年の成果。
同じくノーベル化学賞受賞の吉野彰さんたちの研究は1980年代のものだ。材料研究の期間が20年から25年。
世の中に出てからさらに20年から30年かけて自動車にまで使われるようになった。
電池はそれくらい進化のスピードが遅い。
使い続けながらいろんな危険性を潰して安心して使えるようにしていくデバイスだ。
固体電池も似たような道をたどるだろう。
リチウムイオン電池は素晴らしい電池だがこの先50年、100年を支える電池なのか。そうは思わない。
では、次は何になるかというとさしあたり全固体電池に期待がある。
――リチウムイオン電池の時間軸に当てはめると、全固体電池の材料開発はどのあたりにあるのでしょうか?
リチウムイオン電池でいえば吉野さんたちのプロジェクトが成果が出た1985年くらいのレベルまでは来ているのかな、と。
当時の時間軸よりも開発が速く進むとすれば5年以内には実用化できるだろう。
――中国のNIOは近いうちに固体電池を搭載し飛躍的に性能が向上したEVを出すと言っています。
航続距離を延ばすなら電池を多く積めばいい。発想の転換をすれば基準はいくらでも変わる。
それに、固体といっても、液体から固体の間にいろんなレベルがあるので、その中間状態の電池を含めて固体と呼ぶこともできる。デバイス側、EVの性能要求を満たすならそういう電池もアリだろう。
――全固体電池の実用化に向けては、電極と電解質をどう接合するかが難問といわれます。
研究室レベルの電池の動作ではあまり問題になっていない。
だが、実用化に当たっては大きな問題だと認識している。結局、電極と電解質の境界面、界面の問題だ。
電池の電気化学反応は界面で起こるので、まず電極と電解質をきちんと接合させる必要がある。
そのうえで、界面で高速に反応させなければならない、という2つ課題がある。
20年代後半に市場の主流を目指す
われわれ基礎研究者が注目しているのは、接合した後、いかにそこを高速でイオンを動かすか。
電極表面に別の物質をコートするなどして、電極と電解質の界面でリチウムイオンを高速で動かすことで「解決できるだろう」と主張している。
もう1つ、界面の接合をいかにうまくとるか、という工学的な課題がある。これはなかなか難しい。
われわれ基礎研究者は「柔らかい材料を使って押さえつけたらいけるだろう」と考える。
硫化物の場合、幸い柔らかいので少しの圧力でもうまく接合できる。
ただ、工学の研究者は実際の製品を作る場合や、何十年も使い続ける際に課題が生じるので、「そんなにうまくいくわけがない。何とかしてくれ」と言う。
完全に問題を解決するのは難しいが、電極と電解質の材料の最適な組み合わせによって一定程度は解決していけると考えている。
――NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の全固体電池のプロジェクトでは第1世代の全固体電池が2020年代後半から車載用蓄電池市場で主流となることを想定しています。開発の現状からすると、市場で主流になるにはまだまだ時間がかかるのではないでしょうか?
それはNEDOに聞いていただきたいが、スケジュールどおり粛々と進んでいる。目標は変わっていない。
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