電気自動車普及のカギを握る電池技術の現在地
アメリカ・テスラでも年間販売台数はようやく50万台。さらなるEV普及のカギを握るのは電池の進化だ
(写真・尾形文繁)
全固体電池への過度な期待は禁物
山田 雄大 : 東洋経済 解説部コラムニスト
2021年02月03日
カーボンニュートラル(二酸化炭素排出の実質ゼロ)社会実現の機運が高まる中で、自動車の電動化は加速している。中でも電気自動車(EV)への期待と注目は日に日に高まっている。一方、EVが従来の自動車を完全に置き換えられるようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。
インフラ側では、充電スタンドの整備や電力のカーボンニュートラル化といった課題がある。EV側では、航続距離の短さ、充電時間の長さ、安全面での不安、コストの高さなど課題が残されている。特にEV自体の課題のほとんどは、電池(リチウムイオン電池)に起因している。リチウムイオン電池が現在抱える課題や今後の可能性について、電池材料研究で最前線に立つ東京大学工学研究科の山田淳夫教授に聞いた。
やまだ・あつお/東京大学工学系研究科教授 1990~2000年、ソニー中央研究所研究員。1996~1997年、テキサス大学客員研究員。2000年~2002年、ソニーフロンティアサイエンス研究所研究室長。2002~2009年、東京工業大学准教授、2009年から現職。京都大学拠点教授や京都大学元素戦略研究拠点副拠点長を兼任。省庁横断蓄電池ガバニングボードメンバー
――現在、EVの主流となっているリチウムイオン電池の最大の課題とは何でしょうか。
課題は数多くあるが、一番はコストかもしれない。大量生産やプロセス革新が進めばコストは徐々に低下していく。
一方、リチウムや希少金属の供給が逼迫する可能性もあるので、どのあたりでコストダウンが頭打ちになるかを見極めていく必要がある。
☆彡 固体なら燃えないわけではない
――液体の電解質を使う現在のリチウムイオン電池に対し、固体の電解質を使う「全固体電池」になれば、エネルギー密度、信頼性、耐久性、安全性の問題がすべてクリアされるとの期待が高まっています。
研究開発現場に近い人たちや有識者の多くは、そう話は単純だとは思っていない。
数ミリ角の超小型チップ電池がすでに実用化されているが、EV用とはまったく別物と考えるべきだ。
――何より重要な安全性が高まるのではないでしょうか。
一般的には液体の電解質は燃えやすく、固体の電解質は燃えないと思われがちだが、大型全固体電池用に検討されている固体電解質は可燃性が高い。安全性には燃焼リスクだけでなく、毒性や腐食性など他の重大なリスク要因が含まれ、トータルできちんと認識する必要がある。
――全固体電池は性能が劇的に高まるのではないのですか。
センセーショナルな記事やそれを煽るメディアが、やや一人歩きしているように見える。
比較的冷静に分析している一般向けの記事(https://blog.evsmart.net/electric-vehicles/all-solid-state-batteries/)もあるので紹介しておく。
――全固体電池はEV普及のための「ゲームチェンジャー」だと思っていました。
リチウムイオン電池の改良と低コスト化が急速に進展し、全固体電池に懐疑的な人も増えてきている中で、これらを杞憂と笑い飛ばすくらいの画期的な総合数値スペックを実現した現物の提示がそろそろ必要ではないか。
全固体電池が「ゲームチェンジャー」なのか、「オールドオプション」なのかは、事実とデータが自ずと教えてくれると思う。
――次世代電池では、たとえば硫黄電池なども難しいのでしょうか。
コスト面では大いに魅力的だが、硫黄は電気を通さないので大量の特殊炭素などを混ぜなければならず、言われているほどエネルギー密度は上がらない。また、硫黄は水と触れると猛毒の硫化水素ガスが大量に発生する。
大型の全固体電池用に検討されている電解質にも、硫黄が大量に含まれている。
大気中の即死濃度が0.1%という猛毒物であり極めて危険だ。
――先生は電池材料でいくつかのブレークスルーの発見をされています。たとえば2016年の「常温溶融水和物」は、電解質に使われる有機溶媒の代わりに水を使うことで、安全性を高め、性能も上がり、コストも下がる期待があります。
水を使っても高電圧を実現できる点で原理的な突破をしたことは確かだが、現時点では値段の高い物質を大量に溶かす必要があるため、コスト面ではむしろ不利になる。電池のサイクル特性や寿命も、改善は進んでいるがまだまだ十分なレベルではない。
☆彡 研究室と量産を隔てる深い谷
――2018年と2020年に発表した「発火しない」電解液についてはいかがでしょう。
エネルギー密度と安全性の二律背反を打開できる有機電解液を目指して開発した。
電解液そのものが消火剤として機能するほか、耐久性も大幅に高めることができる。
ただし、電解液が燃えないからといって、電池が絶対安全ということにはならない。
不測の際に、電池の中ではさまざまな物質の間でいろいろな発熱反応が起こる可能性がある。
大学では商用サイズの電池をつくることはできないので、しかるべき機関で安全性のレベルを慎重に確かめなければならない。
――消火性の電解液の実用化の見通しは。
現状の生産ラインを生かせるという点では、それほど障壁は高くはない。
一方、現在の汎用電解液は量産化によってすでに限界近くまでコストが下がっている。
現状は「研究室で数グラムできました」「これを使うと理想的です」という段階で、量産ベースでの品質保証やコスト競争力、サプライチェーン構築まで考えると、簡単ではないし時間がかかる。
――消火性の電解液もすぐに実用化というのは難しい。そうすると、EVが社会で広く普及できるような電池の実現には、まだ時間がかかるということでしょうか。
最近になって、正極材にオリビン型リン酸鉄を使うリチウムイオン電池の採用が急速に広がっている。
私がソニー在職時代から研究してきたものだが、テスラや中国のBYDなどがEVに次々と採用している。
日本ではソニーから事業を引き継いだ村田製作所やエリーパワーなどが手掛けている。
最新のテスラ「モデル3」のスタンダードグレードには、このリン酸鉄系電池が搭載されている。
――中国の上海GM五菱汽車が開発した激安EVもリン酸鉄系ですね。
中国では材料特許が有効でないこともあり、2000年代から多くの技術やノウハウを蓄積している。
――リン酸鉄系はEVの主流になりうるのでしょうか。
今後の市場拡大の中心ゾーン、いわゆる大衆車グレードから主流になっていくかもしれない。
私は20年以上前から大型電池としての優位性を指摘してきた。
エネルギー密度はそれほど高くはないが、それでも現在のリン酸鉄系電池搭載のテスラモデル3はWLTP航続距離約450キロメートルを達成している。
☆彡 現状の多くの課題を突破できる
希少金属ではない鉄ベースなのでコストが安く、資源不足の心配もない。
充電限界電圧に対して大きな余裕があるので充電速度が速く、満充電近くまで充電速度を維持できるうえに、満充電状態で放置しても劣化しない。
約46万円の低価格で農村地域で大ヒットしている「宏光MINI EV」(写真・上海GM五菱汽車HP)
このことから、通常EVは80%程度以下の充電での使用が推奨されるのに対し、モデル3ではむしろ100%充電での使用が推奨されている。
何よりも耐久性がずば抜けて高く寿命も長い。
加えて、燃焼の原因となる酸素を放出しないので、現在の汎用電解液を使っても安全性をかなり担保できる。
このように、リン酸鉄系のリチウムイオン電池によって、実は現状の多くの課題を突破できる。
――リン酸鉄系の弱点はありますか。450キロメートルでは従来のガソリン車に届きません。
弱点としては、第1に単セル当たりのエネルギー密度がやや低くなることだ。
ただし、テスラを中心に単セルのサイズを18650(径:18ミリ、高さ:65ミリ)→2170(同21ミリ、70ミリ)→4680(46ミリ、80ミリ)と大きくすることと並行して、現状のセル→モジュール→パック→シャーシという4階層を一気に撤廃してセル→シャーシとするなど、電池システムとしての大幅なパッケージ効率化が計画されており、現状の450キロメートルからの航続距離改善の余地は大きい。
第2の弱点は、極寒地で想定される低温での入出力特性がやや低下すること。
しかし、現在のEVではコンパクトな常時電池温度管理システム搭載が常識になっており、回避は可能だろう。
しかも、リン酸鉄系電池は摂氏60度程度の高温でも安定して作動するので、一時的な昇温による超高速充電も達成しやすい。
そもそも、ガソリン車と同じ使い方をEVで想定すべきではない。
日本のほとんどのドライバーの1日の走行距離は30キロメートル以下とされる。
この程度なら、家庭での普通充電で夜間に充電、いわばスマホの充電感覚で問題なく使いこなせるし、ガソリンスタンドに行かずとも毎朝常に満充電に保てる。週末の往復300キロメートル程度(東京から軽井沢までの往復)のドライブなら、リン酸鉄系電池のEVでも十分にカバーできる。
電池も重要だが、むしろ日本でのEV普及にとって本当に必要なのは、集合住宅における普通充電器の設置促進施策と急速充電網の整備だ。
アメリカでは、集合住宅のオーナーが充電器設置を求められたら断れないとする法律もある。
自宅充電と経路充電(移動途中での充電)の双方に対する心理的不安を払拭することがまずは重要だ。
今後、自動運転技術が進化して無人ロボットタクシーが実用化されると言われている。
個々の車両は一度に何十キロメートルも走ることはなく、むしろ、充電を繰り返しながら短距離を連続して走り続けるという使われ方が想定される。
そこで電池に対しては、1回の航続距離よりも繰り返し耐久性や長寿命が要求されると考えられる。
☆彡 真っ先に接触してくるのは中国企業
――そうすると、すでに実用化されているリン酸鉄でかなり解決できてしまいます。先生のような研究者の役割は何でしょう。
まずは、今まさにこのインタビューで行っているような、中立公平な立場からの科学的知見を提供することだ。
次に、常識を破壊するような非連続な価値転換可能性も提供したい。
高電圧水系電池や消火性有機電解液はその代表例となる。
あとは、中長期を見据えた課題への取り組みだ。
例えば、文部科学省の元素戦略プロジェクトでは希少金属を一切使わない電池を開発している。
最後にもう1つ、大学の研究者の重要な使命は人材育成だ。
質の高い研究題材を通じて、俯瞰的な視点から最適な技術開発戦略を立てられるリーダーを育成したい。
――研究者から見た日本企業の実力は。
裾野のひろい基幹材料や製造技術のしっかりとしたベースがあるし、品質においてはトップを走り続けていると思う。
がんばってほしいし応援しているが、アメリカや中国系の企業と比べると意思決定のスピードに差があるように感じられる。
たとえば、大学の研究シーズに真っ先に本気でコンタクトしてくるのは中国企業だったりする。
文化の違いや善し悪しはあると思うが、日本企業は、慎重に段階を踏んで物事を始めることが多い。
その一方で、素性の悪い技術開発が成り行きで継続され、やめるにやめられないというケースも散見される点を心配している。
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