感染力高い変異株の病原性「弱いはずがない訳」
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人から人へ感染しやすくなっている点に警戒を高める必要がある(写真:show999/iStock)
インフル研究の第一人者が見るコロナの先行き
辰濃 哲郎 : ノンフィクション作家
2021年01月27日
イギリスなどで蔓延している新型コロナウイルスの変異株(変異種)が日本にも上陸しているが、どう対処したらよいのだろう。インフルエンザ研究の第一人者で、1968年の香港かぜの伝播経路を突き止めた北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターの喜田宏特別招聘教授に話を聞いた。
ウイルスが蔓延すれば、人に適合した変異株が必ず優勢になるのは自然のなりゆきだという。こういったウイルスは人の体内で増殖力が高く、つまりは病原性が高くなるとも指摘する。
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喜田宏(きだ・ひろし)/1943年生まれ。
北海道大学獣医学部卒業、同修士課程修了。69~76年武田薬品工業に勤務、 76年から北大。
教授、獣医学部長などを歴任。現在は、
北大人獣共通感染症リサーチセンター特別招聘教授、長崎大学感染症共同研究拠点点長。
日本学士院会員
――イギリスなどで新型コロナウイルスの変異株が出現し、世界中が警戒をしています。
大騒ぎになっているけど、これは当たり前のこと。人の間で感染を繰り返すうちに、体内で増殖しやすいウイルスが選ばれ、生き残った結果なんです。ウイルスは変異株の集団で、なかには増えやすい変異ウイルスもいる。
その増えやすいウイルスが優勢になって感染を繰り返すと考えたらいい。
コロナウイルスの遺伝子RNAは、4種類の塩基が約3万個並んでいる。その配列に塩基が新たに挿入されたり、欠失したり、置換されたりして配列が変わることを遺伝子変異と呼んでいる。
人の体内で細胞への侵入効率が高くなるなど、増殖しやすいウイルスが優勢になるわけです。それはイギリスや南アフリカ、ブラジルなど報告のあった国々だけでなく、日本でもまったく新しい変異ウイルスがいつ見つかるかわからない。
すでに増殖しやすい変異ウイルスが生まれている可能性もある。
*増殖力の高いウイルスは要注意
――イギリスの変異株は感染性が70%高まったそうですが、一層の注意が必要になりますか。
70%というのが確実に証明されているわけではないが、感染性が高いということは、病原性が高いとみていい。
人の体内でどんどん増えたら、重症化するのは当然でしょう。上気道や肺の細胞で増えるウイルスも、もしかしたら別の臓器、あるいは全身で増えるようなウイルスが優勢になるかもしれない。
昨年の春先に、あなた(聞き手の辰濃のこと)に「今のうちにかかったほうが得かも」って冗談で話したけど、人獣共通感染ウイルスが動物から人に感染してすぐは、さほど増殖効率がよくないはず。
人から人に感染を繰り返すうちに、人に順応して体内でより増殖する、すなわち病原性の高い変異ウイルスが出てくることを警告したかった。
例えば、2009年の新型インフルエンザウイルス(H1N1)のパンデミックのとき、そのシーズンでの死者は国内で約200人でしたね。世界的にも15カ月で2万人足らずしか亡くなっていない。でも、その子孫ウイルスが起こす季節性インフルエンザでは、死者は何十倍にも膨れ上がっている。ウイルスが人に適合して、増殖する変異ウイルスが優勢になったから。
1918年にパンデミックを起こしたスペインかぜでも、第1波より、その子孫ウイルスが起こした第2波、第3波、すなわち季節性インフルエンザのほうが重症者も死者も多かった。感染性と病原性はリンクしていることを知っておいたほうがいい。
*ウイルスを擬人化して議論するのは間違いのもと
――宿主を殺してしまうとウイルスが生存できないから、弱毒化すると話す専門家もいますが。
ウイルスを擬人化して進化論や適者生存、選択淘汰の議論をするのは、間違いのもと。
ウイルスは賢いとか、ウイルスの戦略など「たとえ話」の範疇からはみ出している言葉が使われるのは嘆かわしい。
何万年もかけて自然宿主との共生関係ができるのは、選択圧力(変異を促す要素)がなくなってから、の話です。
いまの新型コロナウイルスには、当てはまらない。
第1に、毒性とか強毒化とか弱毒化とか言っている時点でおかしい。
ウイルスは毒素ではないから正しくは「病原性」です。ウイルスの体内増殖に対する人の免疫応答が病気なのですから。
――先生は専門のインフルエンザウイルスの観点から、コロナウイルスを見ています。
新型コロナウイルスの正体を探るためには、インフルエンザウイルスを参考にするとわかりやすいかもしれません。
インフルエンザウイルスの自然宿主はカモで、大腸で増殖して糞とともに排出されます。
夏場はシベリアの営巣湖沼にいるが、秋になると南方へカモと一緒に飛来する。
でも、病原性がないのでカモも死なないし、人に感染することもない。
でも、ウイルスが渡った先で他の鳥や動物に感染すると、新しい宿主で感染を繰り返すうちに、増殖する変異ウイルスが選ばれて感染が拡大する。
それが鶏の間で受け継がれているうちに、養鶏場の鶏の全身で増殖する高病原性鳥インフルエンザウイルスが生まれるわけです。100%の致死率です。これは鶏の間で何百、何千代もの継代を経てやっと生まれる。
新型コロナウイルスが人の間でどんどん感染を繰り返すうちに、増殖しやすいウイルスが優勢になるのと同じこと。
加えて、人の新型インフルエンザウイルスは、鳥のウイルスから直接、人に感染したものではない。
カギを握るのはブタです。
ブタは人と鳥の両方のインフルエンザウイルスに感染するレセプターを持っている。
レセプターとは、ウイルスの持つ鍵に合致する受容体のこと。
つまり、人と鳥の両方のインフルエンザウイルスの鍵穴を持っているブタに、両方のウイルスが同時感染し、体内で交雑してブタで受け継がれた結果、人に感染できるウイルスが生まれることがある。
人類が経験したことのない型だと、これが新型インフルエンザウイルスとしてパンデミックを起こすことになる。
*ウイルスの起源と伝播経路は未解明
――1968年の香港かぜの伝播経路を突き止めましたね。
カモ由来のウイルスがアヒルなどの家きんを経由してブタに感染し、同時に人のアジアかぜウイルス(H2N2)に感染したブタの体内で、この両方のウイルスが交雑して生まれたのが、H3N2の香港かぜであることを実証しました。
2009年の新型インフルエンザウイルスも、メキシコかアメリカ南部のブタを介して生まれたことがわかっています。
全世界でブタの感染を注視しておくことが、新型インフルエンザウイルスの出現予測につながります。
だから伝播経路の解明は大切なんです。
重症急性呼吸器症候群(SARS)もコウモリが自然宿主だというのは確かかもしれないが、中間宿主が分かっていない。
新型コロナウイルスの伝播経路を解明するためにWHOの調査団が中国に入っているが、中国がどこまで調査に協力してくれるかにかかっている。そう簡単ではない。いずれにせよ、このウイルスの宿主と考えられるコウモリから直接、人に感染したとは思えない。必ず中間宿主がいるはず。
気になるのは、動物から人に感染を始めたばかりの新型コロナウイルスが、いきなりこれほど人に適合して中国・武漢で見られたような効率のいい感染爆発を起こすとは思えない。どこかで小規模の流行があって、インフルエンザと勘違いして見逃していた可能性もある。少なくとも、武漢の海鮮市場で人への感染が始まったという情報には疑問がある。
――変異株対策として、国境封鎖は有効ですか。
感染症に国境なんてありません。
国境の封鎖がまったくダメだとは言わないが、いずれ入ってくるわけだし、日本だけで解決しようとしても意味はない。
それに日本で増殖しやすい別種の変異株が生まれている可能性だってあります。
全世界が連帯して対策を練らないといけないし、すべきことは、いまと同じです。
マスクに消毒、それに3密をさけるなどの基本的な対策の徹底だ。
実は、鳥インフルエンザウイルスの場合は、水を介して鳥に感染するのが主だが、感染した鳥を食べたカラスやアザラシが全身感染して死んでいるケースを何回も目撃した。
個人的な感触だが、飛沫感染より胃に入ったほうが重症化するような気がする。
だから、ウイルスの付いた手で食事をしないよう手洗いは重要だと、知人には伝えている。
とにかくいまは、感染拡大を止めることに力を注ぐべき。
重要なのは経済か感染防御かで、あやふやな対策を講じないこと。
そもそも両立させるのは無理です。優先順位を決めて失敗を恐れずにやること。
命を最優先するためにはどうしたらよいかを考えるべきだと思います。
*ワクチンは感染を防がない
――ワクチンが間もなく日本でも接種される予定ですが。
変異株に対するワクチンの有効性は、塩基配列が少しくらい変わったとしても、抗体を誘導する抗原を決める部分に大きな変異がない限り大丈夫だとは思う。
世界中の人に免疫ができた後、選択圧力が加わって、その部分に変異が起きる可能性はゼロではないが。
流通し始めたメッセンジャーRNA(mRNA)のワクチンは、人類史上初めての試みで、効き目と副反応の程度については未知数です。
これまでのワクチンは不活化ワクチンが主流で、有効性に疑問符が付けられていた。
今回のmRNAワクチンは90%とか95%とか言われる有効性だけど、そもそも感染を完全に防ぐことはできない。
気をつけなければならないのは、ワクチンを打っても症状を抑えるが、無症候や軽症だとしても少量ながらウイルスは排出する。ウイルスを撲滅できるわけではない。
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