「今の株高は異常だ」と思う人の根本的な間違い
「コロナで不景気でも株価上昇」の正しい考え方
小幡 績 : 慶應義塾大学大学院准教授
2021年01月05日
新型コロナウイルスの感染が止まらない。日本はいまや迷走して惨憺たるありさまである。
だが世界でもそれは同様で、経済活動への制約が生じている。
GDPも四半期ベースで見れば確かに回復しているものの、当初よりも回復ペースの遅い地域や分野もあり、バラ色ではない。
それにもかかわらず、株式市場は世界的に上昇を続けている。
2020年の日経平均株価の終値もついに1989年以来の高値となったが、とりわけアメリカの株式市場は歴史的な急騰が続き、連日史上最高値を更新。
ナスダックなどは2020年1年間で約43%も上昇した。
*株式市場と実体経済は「ほぼ無関係」である
この株式市場と実体経済の異常なギャップに、エコノミストの多くは警鐘を鳴らしており「明らかに株式市場はおかしい!バブルだ!」と指摘する。
株式投資が好きな人は喜び勇んで「まだこれから間に合う銘柄は何か」と狂ったように物色する。
一方、株式投資をする余力のない人々はもうウンザリしている。
さらに、株式市場に利害も関心もない多くの人々も「何かがおかしいよな」と思いつつも、実際に「何がおかしいのか」は、まったく見当もつかない。
しかし、私はすべての有識者や皆さんに、逆に問いたい。
なぜ「なぜ株式市場と実体経済の間にギャップがあるのか」と問うのか?また、なぜギャップがあることを不思議に思うのか?
ハッキリ言おう。有識者も皆さんも、根本から間違っている。
なぜなら、株式市場と実体経済はほぼ無関係で、連動する理由はないからだ。
そもそもこの2つが連動すると考えている大前提が誤りなのであり、世の中のほとんどのエコノミスト、政策関係の有識者などは、これをわかっていない。
なぜなら、いまだに1960年代の世界を引きずっているか、教科書の世界の中に閉じこもっているからだ。
時間が止まっているか、死んでいるのである。
もはや、株式と実体経済が連動していたのは過去の話である。
1980年代以降の日本、あるいは1990年代以降の欧米ではもはや連動しなくなり、21世紀においては地球上のどこでも連動しなくなったのだ。
なぜ株価と実体経済は連動しなくなったのか?理由は単純だ。
財市場と資産市場は別の世界のものだからだ。
では別の世界とは何か?? 要はおのおの生き物が違うのである。地球人と火星人ぐらい違う。
☞ 実体経済の市場においては、消費者と生産者がいる。
☞ 資産市場には投資家とトレーダーがいる。
前者の人々と後者の人々は別の生物であり、行動が一致する理由がない。それだけのことだ。
*株式市場と実体経済が連動しない「小さな3つの理由」
この根本的な話をする前に、株式市場と実体経済が連動しない、他のいくつかの理由も説明しておこう。
第一に、現在株式市場で盛り上がっているのは、いわゆるGAFAMやそのほかのいわゆるネット関連、テクノロジー関連の新しい巨大企業と新興企業である。
重厚長大産業の企業は、自動車以外はほとんど停滞しているといっても良い。
伝統的なサービス業や小売・流通はコロナで沈んでいるし、航空、交通関連は言うまでもないだろう。
あくまで一部企業のバブルにより株式市場が膨張しており、これらの企業は将来の成長を期待した株価になっている。
だから、足元の経済の動きとは連動しない。これが第一点目だ。
いわゆる有識者が、今の乖離現象を説明するときに行う、最も一般的な説明である。
もうひとつ、より影響が大きいのは以下の話だ。
すなわち、株式市場に上場しているのは大企業だけで、実体経済の景気を左右する大多数の中小企業が含まれていないからだ。
大企業が儲かり、中小企業がそれに押されて潰れていけば、大企業の増益により盛り上がる株式市場と、中小企業の縮小、廃業で沈滞する実体経済の動きは乖離する。
これが第二の理由だ。
さらに第三の理由は以下だ。
21世紀に入って言われ続けてきた、資本と労働の間の分配率の変化である。
株式会社が利益を増大させ、それが資本家に配分され、労働者に配分されなければ、株式市場は盛り上がるが、実体経済の消費は縮小し、両者は乖離する。
21世紀の特徴は、人的資本を蓄積した一部の著名経営者およびいわゆる勝ち組が、人的資本投資へのリターンとして多額の収益を得た。
一方で、単純労働者の賃金はまったくと言っていいほど上がらず、配分が偏っているということである。
これが21世紀の格差社会であり、いわゆる資本家ではなく、起業家、経営者が富を独占している、という問題である。
これが第三の理由で、資本家であれ、経営者であれ、株式市場関係者は富を蓄積し、それに無関係な人々は相対的に非常に貧しくなるということだ。
よって株式市場が盛り上がろうと、実体経済はそれほど拡大しない。
しかし、これらの3つの説明は、論理的には正しいが、株式市場と実体経済の乖離をもたらす影響力としては、実は非常に小さい。
もっと根本的で、すべてを押し流してしまうほどの強力な理由があるのだ。
それは、前述のとおり、株式市場と実体経済には別の生き物が住んでいて、それぞれの生き物はそれぞれの論理と思惑で行動するから、その結果としてのマクロ的な実体経済市場、株式市場全体はまったく異なった様相を呈するのである。
*景気が良くなることと経済成長は「別物」
どういうことか、説明しよう。
実体経済市場は何によって動かされるか。支出である。人々や企業、そして政府などが支出をする。
その支出の合計がGDPでありマクロ経済活動である。実際に支出された額の合計である。
したがって、人々の日々の経済活動の結果が集約されているのである。これについては、多くの人が理解している通りだが、2つ注意点がある。
第一に、短期的に消費が増えれば景気は良くなるが、景気は良くなれば必ず悪くなる。経済成長とは別物である。
第二に、好循環という言葉が多用されすぎている。
経済はいったん回り始めれば自然と回り続けてそれが経済成長となると誤解されている。
だが、それはまったくの誤りで、好循環と経済成長とは無関係で、消費を増やしお金をぐるぐる回せば、景気が良くなり、成長するのではない。
短期的には景気は良くなるが、逆に投資にまわすお金はなくなり、長期的な成長性は失われ、むしろ経済成長率は低くなる。
高度成長期の「投資が投資を呼ぶ」という好循環と、消費刺激により経済をまわす、と人々(特に政治家)が考えていることはまったくの別物だ。
もともと資本が不足しており、実物へ投資したくても金がなくて投資ができないときは、資金が供給されて設備投資が増えれば、生産が増えて、利益も増える。
それにより、さらなる設備投資が可能になり、さらに生産力が上がる、という循環である。
これは、もともと需要はあるのに、資本不足で投資不足になっている場合のことである。
現在のように、資本が余りまくっていて、よい実物投資機会があれば、いくらでも資金を融資したいと銀行が思っているような状況ではまったく当てはまらない。
無駄な投資を行って生産しても、それは売れず赤字が膨らむばかりだろう。
あるいは、どこかの企業のように、社運をかけた投資をしても、世界的な競争には勝てる保証は全くなく、危機に陥るだけである。
一方、株式市場においては、この「お金をぐるぐる回すと好循環になる」という実物市場においては誤解でしかない論理が見事に成立しているのである。
つまり、株式を誰かが買う。買うから上がる。上がったからさらに上がると思う投資家が出てくる。彼らも買う。さらに上がる。上がったから売ると儲かる。
儲かった金でさらに別の株を買う。すると、この別の株も上がる。このように、株は買いが続けば、上がり続けるのである。
そうすると、上がったところで売って儲けた人が出てくるだけでなく、売っていないのに「儲かる人」が出てくるのである。いや、むしろこちらのほうが大半である。
つまり、市場で成立する株価が以前より上がっている。前に買った人は買い値よりも市場価格のほうが高い。
つまり、簿価よりも時価のほうが高い。含み益が生じているのである。
そして、時価が常に正しいと思い込めば、投資の教科書には(ファイナンス理論においても)、ついている市場価格は常に正しいと書いてあるから、この含み益は、実現利益と違いはなく、利益である。資産総額が増えるのである。
よって、強気になってさらに投資をする。つまり株を買う。だから、株がさらに上がる。こういうメカニズムである。
なんとも不思議な世界だが、もしも「おかしい」と思った方がいれば、そう、あなたは正しい。このロジックにはトリックがある。それも2つある。
*「2つのトリック」とは?
ひとつは「市場価格は常に正しい」というものである。この前提は単純に間違いだ。
市場価格とは、理論的に正しい価格でも、現在の需給を反映した現実の市場ニーズの集計結果でもない。
「たまたまついた値段」に過ぎないのである。誰かが間違って過大評価し、買いだ、と思って買いまくれば、価格は急騰する。
一方、もし過大評価しても、実際に買わなければ株価は上がらない。ヤフーオークションの結果と同じなのである。
もうひとつは、株価が上がったから、さらに上がると思う投資家が出て来る、というところである。
まるでねずみ講のようだが、実際、私はリーマンショック前に出版した著作「すべての経済はバブルに通じる」では、株式市場とはねずみ講であると冒頭で断言し、「この前書きだけがすばらしい」と当時アマゾンの読者レビューに書かれたものだ。
買えば上がり、上がれば買う、という連鎖が起きれば、ここで書いたような、株価上昇の循環が起こるが、これが起こることは保証されたわけではない。
上がったら買うような、株価上昇に追随する投資家がいなければ、これは実現しないからである。
これが実現するパターンはただひとつ。バブルである。バブルの時には、これが実現する。
そして、今は、まさにこの状況である。
「コロナのワクチンがついに開発された!買いだ!ワクチンが出れば、小売流通などこれまでの負け組も回復する!」などと言って株が上がる。
だが次の日には、経済指標が発表され、予想よりも悪く、失業者が高止まりだったりする。
その次の日には、新型コロナ感染者が急増し「ニューヨークやロンドンではロックダウン(都市封鎖)の可能性がある」などと報道される。
すると、デジタル関連銘柄が上昇し、また経済対策期待が膨らみ、結局はオールドセクターも上昇する。そして、この上昇の流れに多くのトレーダーが追随する。
ここからわかることは、まず、今は明らかにバブルであるということだ。
モーメンタムトレード、つまり「流れに乗る投資」が有効であり、多くの人が行っていることがバブルの証左であり、またバブルを実際に作っている。
バブルをさらに膨らましている。
*株式市場とは「期待だけが重要」な世界
ここに、最重要な事実が現れる。「バブルは作られている」のである。
それを作っているのは、追随買い、という投資行動であるが、この投資行動を生み出しているのは、「株価はまだ上がるはずだ」という期待である。
つまり、期待が買いを生み、買いが上昇となり、この上昇が期待をさらに膨らませ、それがさらなる買いを膨らませる。
すなわち、期待が株価を動かしているのであり、期待が自己実現しているのである。
株式市場とは、期待が自己実現する世界であり、真実はどうでもよい。
期待だけが重要であり、実体経済においては、事実を変えることはできないから、期待と現実が乖離していることこそが、株価と実体経済が乖離している現象を生み出しているのである。
そして、最後は、期待は裏切られ現実に引き戻される。
それゆえ、期待によって生まれた株価は持続せず、結局は現実、すなわち、実体経済に引き戻されるから、「株式市場と実体経済は、一致するはずだ」「連動するはずだ」と主張する人が出てくるだろう。実際、教科書の議論はそういうことだ。
では、教科書と現実(あるいは現実の側を主張する私)は何が違うのか。教科書は必ずしも間違っていない。
しかし、それは10年に一度のバブル崩壊のときにだけ実現する、ということであり、10年に1度だけ、正しくなる、というだけのことだ。
そして、その連動は、悲劇的でドラスティックなものであり、日々連動するわけではないのだ。ただ、それだけのことである。
その10年に一度が今やってきていない、というだけのことなのだ。
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