ポケットに入っているだけで集中力がそがれる
アンデシュ・ハンセン : 精神科医
2020年12月08日
リモート会議に参加しながら、取引先にメールを書き、その間に画面上に届く社内SNSの新着通知にも目を配る……。
現代のビジネスパーソンにとって、同時に複数の業務を処理していくマルチタスクは仕事の生産性が高まる理想の働き方のように思える。
しかし、スウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏によれば、人間の脳は本来的に1つのことにしか集中することができず、マルチタスクに向いていない。
複数の作業を同時にこなしていると思っていても、実際にやっていることは作業の間を行ったり来たりしているだけだという。
ハンセン氏は、ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学を卒業後、ストックホルム商科大学にて経営学修士(MBA)を取得したという異色の経歴の持ち主。
脳科学的見地から、最新作『スマホ脳』では、スマホの存在が現代人の集中力を著しく損なっていることに警鐘を鳴らしている。
本稿では同書より、マルチタスクをめぐる論考を抜粋してご紹介する。
*
*複数のことを同時にやろうとしていないか
ここ数年、複数のことを同時にやろうとしている自分に気づいたことはないだろうか。
それはあなただけじゃない。私など、集中して映画を観るのも難しい。気づくとスマホに手を伸ばしているのだ。新しいメールは来ていないだろうか??
映画のストーリーを追いながら、スマホをだらだらとスクロールしてしまう。
現代のデジタルライフでは、私たちは複数のことを同時にしようとしがちだ。つまりマルチタスクだ。
スタンフォード大学の研究者がこんな研究を行った。マルチタスクが得意な人が、思考力を問われる課題にどれほど秀でているかを調べる研究だ。
300人近くの被験者を集めたが、その半数は勉強しながらネットサーフィンをしてもまったく問題ないと思っている。
残りの半数は、一時にひとつだけのことに取り組むのを好む人たちだ。いくつものテストを行い被験者の集中力を測定したところ、マルチタスク派の方が、集中が苦手だという結果が出た。
それもかなり苦手だという。中でも、重要ではない情報を選別し、無視することができなかった。
つまり、何にでも気が散るようなのだ。
長いアルファベットの列を暗記するという実験でも、マルチタスク派の記憶力は残念な結果に終わった。
それでも、何か得意なことがあるはずだ──研究者たちはそう信じ、ある課題から別の課題にどんどん移っていく能力、つまりマルチタスク能力を測ってみることにした。
だが、得意分野のはずのマルチタスクですら、マルチタスク派は成績が悪かった。
*マルチタスクができるのは人口の1~2%
マルチタスクが苦手な人ばかりではない。
現実には、並行して複数の作業をできる人もいる。ほんの一握りながら、「スーパーマルチタスカー」と呼ばれる人々がいるのだ。
このような特質をもつのは、人口の1~2%だと考えられている。つまりそれ以外の大多数の人の脳はそんなふうには働かない。
余談だが、基本的に女性のほうが男性よりもマルチタスクに長けているそうだ。
複数の作業を同時にやっているつもりで、実際にはこの作業からあの作業へと飛び回っているだけなら、確かに脳は効率よく働かない。
ボールを全部落としてしまう下手くそなジャグラーさながらだ。
マルチタスクは集中力が低下するだけではない。作業記憶(ワーキングメモリ)にも同じ影響が及ぶ。作業記憶というのは、今頭にあることを留めておくための「知能の作業台」だ。メモに書かれた番号に電話をかけるとしよう。メモを見て数字を覚え、番号を押す。数字はあなたの作業記憶の中にあり、それは集中力と同様にかなり限定されている。だから多くの人は、6ケタか7ケタくらいしか頭に留めておけない。私など、そこまでも覚えられない。正しい電話番号やメールアドレスを何度も確認するはめになり、毎回イライラする。
ある実験では、モニターに次々と文を表示して、それを150人のティーンエイジャーに見せた。その中にはマルチタスクに慣れた若者も含まれていた。モニターに表示されたのは、きわめて正しい文(「朝食にチーズサンドを食べた」など)もあれば、めちゃくちゃな文(「朝食に靴ひもを一皿食べた」など)もある。どれが正しいかを答える課題だ。
そのくらいちょろいと思うかもしれないが、迅速に答えなければいけない。文はわずか2秒しか表示されないのだ。加えて、スクリーンには気を散らすような情報が表示されていて、それも無視した上でだ。クリアするには、作業記憶がしっかり機能していなければいけない。
果たして結果は??マルチタスクに慣れた若者の方が、結果が悪かった。つまり、作業記憶が劣っていたのだ。
集中力も作業記憶も、私たちが複数の作業を同時にしようとすると悪影響を受けるようだ。きっとあなたは今、じゃあパソコンの電源を切り、スマホはサイレントモードにしてポケットにしまえばいいやと思っただろう。だが、そんなに単純な話ではない。スマホには、人間の注意を引きつけるものすごい威力がある。その威力は、ポケットにしまうくらいでは抑えられないようなのだ。
*「スマホを無視すること」に処理能力を費やす
大学生500人の記憶力と集中力を調査すると、スマホを教室の外に置いた学生の方が、サイレントモードにしてポケットにしまった学生よりもよい結果が出た。学生自身はスマホの存在に影響を受けているとは思ってもいないのに、結果が事実を物語っている。ポケットに入っているだけで集中力が阻害されるのだ。
ポケットの中のスマホが持つデジタルな魔力を、脳は無意識のレベルで感知し、「スマホを無視すること」に知能の処理能力を使ってしまうようだ。その結果、本来の集中力を発揮できなくなる。よく考えてみると、それほどおかしなことではない。ドーパミンが、何が大事で何に集中すべきかを脳に語りかけるのだから。日に何百回とドーパミンを放出させるスマホ、あなたはそれが気になって仕方がない。
何かを無視するというのは、脳に働くことを強いる能動的な行為だ。きっとあなたも気がついているだろう。友達とお茶をするために、スマホを目の前のテーブルに置く。気が散らないように画面を下にするかもしれない。それでもスマホを手に取りたい衝動が湧き、絶対にさわらないと覚悟を決めなければいけない。驚くことでもない。1日に何百回もドーパミンを少しずつ放出してくれる存在を無視するために、脳は知能の容量を割かなければいけないのだ。
スマホの魔力に抗うために脳が全力を尽くしていると、他の作業をするための容量が減る。それほど集中力の要らない作業なら大きな問題にはならないだろう。しかし本当に集中しなければならないときには問題が起きる。
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