コロナ下の東京五輪は「令和のインパール作戦」だ
2020.12.08
新型コロナ感染の第3波が拡大する中、GoToトラベルを6月末まで延長する方針を固めた政府。
キャンペーンが感染拡大の一因となっているとの声もありますが、菅首相は今後についてどのような見通しを立てているのでしょうか。
『高野孟のTHE JOURNAL』はジャーナリストの高野孟さんが、菅政権は「希望的観測」だけで成り立っていると痛烈に批判。
さらにその政権が望みを寄せる新型コロナワクチンについても、「過剰な期待は禁物」としてその理由を記しています。
*Go Toトラベルを6月まで延長する菅義偉首相の執念―
―中国並みのコロナ禍押さえ込みをしないと五輪は無理
新型コロナの感染者が連日2,000人を超え(12月5日=2,508人)、その内の重症者数が過去最多を更新し続けている(同520人)中で、菅義偉首相は3日、来年1月末までとしていた「Go Toトラベル」キャンペーンを6月末まで延長すると表明した。
同じ日、大阪府の吉村洋文知事は重症者に対応する医療体制が逼迫しすでに赤信号が灯っていることを理由に、府民に不急不要の外出を自粛するよう「医療非常事態宣言」を発したが、菅はそうした現場の実情など眼中にないかのように「経済優先、コロナ対策は二の次」の前のめり姿勢を崩すつもりがないことを宣言した。
裏には、その姿勢を何としても保ちつつ7月の東京五輪・パラ開催に漕ぎつけようとする彼の異様なまでの執念がある。
すでに指摘してきたように、菅政権は「希望的観測」だけで成り立っているアクロバット的な政権で、
1. コロナ禍の第3波はたぶん再び「緊急事態宣言」を発しなければならないほどにはならないだろう
2. そのうち来春になればワクチンの大量投与ができるようになるだろう
3. 6月段階でまだ収まっていなくとも、日本国民がマスク着用、手洗い・消毒励行、3密回避を忠実に実行して何とか暮らし、旅もしている様子を見れば、各国選手団や外国人観客も安心して五輪・パラにやってくるだろう
4. 仮に一部選手団の不参加とか、無観客化を強いられるとかがあっても何が何でも五輪は開催する
5. そうすると、9月30日までの自民党総裁選では「五輪をやり遂げた菅」に太刀打ちできる者はおらず、たぶん無投票再選となるだろう
6. その最大の障害となるかもしれなかった「安倍再々登板」の芽はサクラ疑惑を再燃させて摘んだので、安倍の「菅おろし」の策謀はないだろう
7. 同様に10月21日までの衆議院選挙でも自民党が勝って、長期政権への扉を開くことができるだろう……
と想定されている。が、1.から3.のどれかが崩れれば、当然、4.以下はない。
*中国に負けるな ! という頑張り?
菅が五輪開催にしがみつくのには、内政上の都合だけでなく対外的な面子の問題もある。
毎日新聞の伊藤智永=専門記者が5日付同紙「Go Toコロナ五輪の怪」で書いているところによると、旧大蔵省OBがなぜ五輪は中止できないのかを後輩の武藤敏郎=組織委員会事務総長(元財務事務次官)に問うたところ、こういう答えが帰ってきたという。
「東京五輪ができずに、半年後の2022年2月、北京冬季五輪が成功裏に行われたら、国内の反中世論が激高して政権が持ちません。
中国は全入国者の健康状態を徹底監視する恐るべきシステムを用意し、国家の威信にかけてやりますよ」
なるほど、こういう面子へのこだわり方もあるのかと感心してしまうが、そこで中国と張り合うのは到底無理だろう。
中国はこれから「全入国者の健康状態を徹底監視する恐るべきシステムを用意」するのではなくて、すでに全国民の健康状態や移動履歴をチェックしてスマホ上にQRコードで表示し、感染の危険があればそのQRコードが赤、なければ緑に色分けし、一目で判別できるシステムを全国に普及させている。
さらに習近平国家主席は11月のG20サミットで、この「健康コード」システムを各国も導入し、国際的な人の往来を盛んにしようと呼びかけている。
22年冬季五輪では、外国から訪れる選手も観客も全員「ウィーチャット(微信)」か「アリペイ(支付宝)」のアプリを取得し、スマホをかざして出入国・出退場も店での支払いも済ませることになり、これを期にこの中国式が一気に世界標準となる可能性もある。
来年に「デジタル庁」を作ろうかなどと言っている日本は、社会のデジタル度において残念ながら10年以上も差を付けられてしまっているのである。
*対策にメリハリをつけないと
さらにそれ以前の問題として、コロナ禍退治の徹底ぶりが違う。
確かに、発生源となった中国の特に武漢市当局には、最初の段階でもたつきや混乱があったのは事実だが、新型コロナの最大特徴が感染しても発症しない者が多く、その者たちが知らずに感染を広げてしまうところにあることを把握して、厳格なロックダウンと外出制限、徹底的なPCR検査と隔離体制をとって2月一杯でほぼ押さえ込んでしまった。
もちろんその後も、散発的な発生はあるけれども、『日経ビジネス』電子版11月26日号の「中国コロナ対策のすごみ」によれば、例えば10月にクラスターが発生した山東省青島市の場合、周辺3市から数千人の医療従事者が移動型のPCR検査設備を持って応援に入り、全市民940万人の検査を実施。感染者とその濃厚接触者は14日間の完全隔離下に置かれる一方、状況に応じて「高リスク」「中リスク」「低リスク」をはっきりした基準を以って地域区分し、それを上述のスマホ・アプリと連動させてメリハリをつけて管理するので、漠然と広い地域が行動を制約されて住民が不安に陥るといったことは起こらない。そのため経済活動も滞らず、4%程度の成長率も確保できている。
日本政府=厚労省がPCR検査を重症者のみに絞ろうとする当初からの誤りを是正しようとしないことを徹底的に批判してきた上〔かみ〕正弘=NPO医療ガバナンス研究所理事長は、近著『日本のコロナ対策はなぜ迷走するのか』(毎日新聞出版、倉重篤郎構成、20年11月20日刊)の中でこう語っている。
「無症状感染者が街にあふれている日本に欧米人は来たくない、と思うでしょう。重ねて申しますが、菅首相が本当に五輪をやりたいのであれば、ある意味で中国のような状態までもっていかないといけない」
上博士によれば、無症状感染者(が存在しそれが感染を広げてしまうという)問題は、20年1月24日の英医学誌『ランセット』で香港大学の研究者たちが報告し、世界中が注目したのだが、「日本ではこの情報を見落としていた」ので、対策を初めから間違えてしまい、今なおその延長上で間違いを重ねている。
これではコロナ禍はいつまでも収まらず、五輪もやれるかどうか疑わしく、従って菅政権も短命に終わる公算が大きいということになる。
*ワクチンに過剰な期待は禁物
米ファイザーと独ビオンテック連合、米モデルナがそれぞれ数万人を対象とした第3相臨床試験の中間解析で、90%、94%の有効性を確認できたと発表し、ニュースが湧き立っているが、上博士は、「大きな一歩」と評価しつつも、
1. あくまで中間解析で、最終結果が出るまでは実際に使い物になるかどうかは分からない
2. 〔使い物になった場合も〕感染者を減らすだけなので、果たして重症者を減らすことになるのかは不明
3. 重症化するのは高齢者や持病を持つ人で、こういう方はワクチンを打っても免疫ができにくい可能性がある
4. 炎症反応などの副作用や合併症のリスクが高いワクチンになりそうで、それを見極めるには時間がかかる…
などの理由を挙げて、「過剰な期待」をしないよう戒めている。
実際、米国の権威ある科学誌『サイエンス』11月18日号は、今回のワクチンが短期的な副作用として強い痛みと高熱が出て救急車を呼ぶかどうかというほどの状態が12時間も続いたケースがあることなどを指摘。
翌日の官房長官会見でこれを訊かれた加藤勝信は「接種の是非は自ら選択することになる」と、自己責任論で逃げた。
また最近の知見として、コロナに感染して回復した人たちの間で微熱、倦怠感、味覚異常、聴覚異常、脱毛など様々な後遺症が長期に渡って発症することが明らかになり、どうやらウイルスが神経組織を攻撃して免疫異常を引き起こすのではないかと考えられている。
とすると、非感染者にワクチン接種を施した場合も、人によって、また何らかの既往症を持つ人の場合はなおさら、同様の免疫異常に遭うリスクを否定できない。
こうしたことを無視して事を急ぐと、未知の薬害事件を引き起こす危険があることを理解する必要がある。菅の希望的観測シナリオにとってこれも大きな障害となろう。
20年遅れのデジタル庁が無視するセキュリティホールと日本の脆弱性
2020.11.24
カプコン、三菱電機、ピーティックス、慶応大学、11月だけでもこれら名だたる企業・大学のシステムから個人情報が流出しニュースを賑わしています。
この事態を日本のサイバーセキュリティがお粗末な中進国レベルであることの証左と嘆くのは、軍事アナリストで危機管理の専門家でもある小川和久さんです。『NEWSを疑え!』で小川さんは、菅政権が進める「デジタル庁」が言葉や箱作りだけで満足することを危惧。
以前の記事でも指摘したサイバーセキュリティの20年の遅れを自覚した動きが必要と声を上げています。
*デジタル庁の弱点はサイバー攻撃
デジタル庁の設置が動き出し、政府はあたかも日本が世界の最先端を行っているかのごとき印象を振りまいていますが、はっきり言って、それは幻想に過ぎません。
まず、官僚を含む日本の専門的知見があまりにも低く、政治家は新語を弄ぶのみで実態は中進国レベルにあるからです。
特にデジタル社会の基盤となるネットワーク・セキュリティ、もう少し範囲を狭めればサイバー・セキュリティはお粗末としかいいようがありません。
毎日新聞の大治朋子専門記者は11月17日付のコラムで危機感を露わにしています。
「『日本はハイテク社会なのになぜサイバー防衛に関心が薄いの?』。海外の専門家によくそう聞かれる。日本のように情報が広くネットワーク化された社会は、ひとたび攻撃を受けると被害が拡大しやすい。だから十分な対策が必要なのに、という意味だ。
サイバー攻撃といえば大手ゲーム会社『カプコン』が先日、被害にあったというニュースが流れた。社内情報へのアクセスが突然、不可能になり、解除と引き換えに多額のカネを請求されたという。
日本では防衛機密を狙ったと見られるサイバー攻撃も最近、相次いで発覚し大きく報じられている。だがこれらは『ゲーム会社』『防衛機密』といった要素が目を引いただけで、サイバー攻撃そのものへの知識や意識が高まったとは言い難い。(後略)」
(出典:毎日新聞2020年11月17日「火論 サイバー鈍感社会?=大治朋子」)
カプコンの事件とは、ゲーム大手カプコンがサイバー犯罪グループからランサムウェア(身代金ウイルス)による攻撃を受けたもので、社外の個人情報が最大約35万件流出した可能性があるほか、日本円で約11億円相当の暗号資産(仮想通貨)を要求されていると言います。
前にも触れたことがありますが、私は2003年、総務省の委託を受けて米国のネットワーク・セキュリティを調査し、日本は米国に20年、韓国に10年遅れていると報告書で指摘しました。
そのときの指摘事項が、17年経った現在も改善されていないから、デジタル庁の動きにひとこと言わざるを得ないのです。
あのとき、米国側は政府機関と最高レベルの専門家が対応してくれましたが、それは日本がセキュリティ・ホールになったままではインターネットでつながっている米国の安全に関わるからでした。
その一方で、日本の政治家、官僚のほとんど、そして専門家の多くは確たる根拠もなく、自分たちが世界の水準にあると、自己満足や夜郎自大の世界に浸っていたのです。
日本がどのレベルにあるのかは、世界最高レベルの専門家を雇って電力、電話、金融など重要インフラを攻撃させてみれば一目瞭然です。
私が頼んだ米国の専門家は電力会社の中央コンピュータセンターをわずか40秒で乗っ取りました。
しかし、日本の組織は「担当役員のメンツを潰すことになるから」といったたわ言で、水準的に劣る日本の会社の侵入テストに合格すればよしと、お茶を濁してきたのです。
日本の形式主義についてはNATOという陰口が囁かれてきました。
NA(ノーアクション)TO(トーク・オンリー)、やたらと議論はするが実行しない。
政府が掲げるデジタルという言葉の実態は、現状ではNATOそのものだということを自覚してもらいたいものです。
コロナのワクチン開発が本格化している現在、開発に関わる研究機関や製薬会社、そして治療に携わる医療機関へのサイバー攻撃も相次いでいます。
大治記者のコラムは、そうした危機にも警鐘を鳴らしています。(小川和久)
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