接触確認アプリ「COCOA」まるで役に立たない訳
システムはお粗末、検査もちゃんと受けられず
野口 悠紀雄 : 早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問
2020年08月30日
昨今の経済現象を鮮やかに切り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。
不安を煽るだけのアプリに
6月19日から利用可能になった日本版接触確認アプリ「COCOA」には、いくつかの深刻な問題があることが明らかになりました。システムの不具合は修復されたのですが、COCOAの運営に不可欠な感染者情報の収集システムHER-SYSが完全に機能していません。
さらに、COCOAから通知を受けても、大部分の人が検査を受けられませんでした。保健所の実情を考えると、これが容易に改善されるとは考えられません。COCOAは、不安を煽るだけのアプリになっています。
新型コロナウイルスに関して、「接触確認アプリ」というものが開発されています。
アプリの利用者同士が一定の距離内に近づくと、お互いのデータを記録します。そして、新型コロナウイルスの陽性者がその情報をアプリに登録すると、過去14日間に半径1m以内で15分以上接触していた人に通知されるのです。この原型は、アップルとグーグルが共同開発したアプリです。
うまく機能すれば、コロナと共存する社会での強力な武器になるでしょう。日本でも、厚生労働省による日本版接触確認アプリCOCOAが、6月19日から利用可能になっています。
接触確認アプリがうまく機能するためには、多くの人が使うことが必要です。少なくとも全人口の6割の人がダウンロードしなければ、機能しないと言われています。そうなるかどうか? 当初、私は、2つの問題があると考えていました。
第1は、陽性者がその事実を自発的に入力してくれるかどうかです。これは難しいのではないでしょうか?
陽性者は、自分のことをどうするかが最優先の緊急事項であり、データを入力する余裕などないかもしれません。また、匿名性が確保されているとはいえ、何らかの理由で自分が陽性であることが知られてしまうと問題が生じると考えて、入力を控えるかもしれません。
第2は、人々が、このアプリを進んでダウンロードするかどうかです。そのために、何らかのインセンティブを与える必要があります。政府の説明によると、通知された場合、「発熱などの症状がある」とアプリに回答すると、近くの専門外来の連絡先が表示されて受診するよう案内されるとされていました。
また、症状がなくても「家族や友人、職場の同僚など身近に感染した人や感染が疑われる人がいる」と回答すると、専門外来の受診案内が表示されるとされていました。感染した人と接触した可能性がわかることで、PCR検査の速やかな受診につながり、感染拡大の防止が期待できるとされたのです。
問題は、これがダウンロードのための適切なインセンティブになるかどうかです。
最初から不具合
上で述べたのは、「人々がこのアプリにどう反応するか?」
まず、このアプリは、運用開始の初日に不具合が生じて、
この不具合は是正されたのですが、
次の問題は、COCOAを運営するための感染者情報です。感染状況の把握は、5月末までは、
そもそも今時、手書きとファクスとは、信じられないことです。
このシステムは、
HER-SYSは、5月29日から、都道府県、保健所、
7月3日時点では、保健所を設置する155自治体のうち、
8月3日時点では、導入が完了していないのは東京・港区、
ただし、情報を入力する各医療機関がどこまでHER―
医療機関から保健所、保健所から都道府県への報告は、
ところで、COCOAの処理番号は、HER-
実際、接触から通知までには1~
これでは、情報を受け取るのが遅すぎて、
検査できない人が8割も!
問題は、以上にとどまりません。実は、もっと深刻な問題があります。先に述べたように、アプリをインストールするインセンティブを人々に与える必要があります。
当初、「COCOAから接触通知を受けた場合には、専門外来で受診するよう案内される」とされていたので、多くの人は、「保険で検査が受けられる」と考えたと思います。
私もそう解釈しました。ところが、8月23日の日本経済新聞によると、COCOAで通知を受けた人の8割は、検査を受けられなかったというのです(接触アプリ通知来ても「検査受けられず」8割 本社調査)。
「通知は来たけれど検査は受けられない」というのでは、不安を煽られるだけでしかないことになります。「6割の国民が接触感染アプリを利用すれば大きな効果がある」とされていました。
この推計は、検査態勢についてどのような仮定を置いてのものなのでしょうか?政府は明らかにすべきです。
「検査を受けられない」という不満を背景に、厚生労働省は8月21日、「感染者と濃厚接触した可能性があるとCOCOAから通知を受けた場合、希望者全員が無料でPCR検査を受けられるようにする」と発表しました。
ところが、上記の日経記事によると、「保健所の業務は再び逼迫しており、迅速に検査が受けられるかどうかは不透明」「問い合わせが今後殺到するようなら、人手が足りるか不安は拭えない」というのです。
「通知が来れば検査を受けられる」との8月21日の約束は、こうした実情を踏まえてのものでしょうか?
仮に国民の6割がCOCOAを利用し、陽性登録率がかなりの率になった場合、膨大な数の接触通知が利用者に送られるでしょう。こうなったとしても、必ず検査が受けられる体制になっているのかどうかを、国は明らかにしなければなりません。もし対応できないなら、大混乱が生じるでしょう。
疑問はつきません。検査してくれるというのですが、すぐに検査してくれるのでしょうか? 同居家族なども対象となるのでしょうか? これらについて保証してもらえないと、COCOAが「不安を煽るだけのアプリ」であることに変わりはありません。
人々は政府を信頼するか?
COCOAのダウンロード数は、8月21日時点で1416万件、陽性登録は360件となっています。
ダウンロード数の全国民数に対する比率は1割強でしかなく、目標とされる6割にははるかに及びません。
また、8月末の段階での感染者総数が6万人強であることを考えると、陽性者のうちCOCOAに報告した人の比率は、0.5%程度をかなり下回ると考えられます。
このように、COCOAはほぼ機能していない状態です。新型コロナウイルスの感染拡大が今後も続く場合には、より強力な接触確認システムの採用を議論すべきかもしれません。
その場合には、「疫病のコントロールか、個人のプライバシーか?」というきわめて困難な問題に直面することになるでしょう。
その際、重要なファクターとなるのは、人々が政府をどの程度信頼するかです。
政府が信頼を確立するには、ここで述べたような疑問に正面から答えることが必要です。
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