「コロナ第2波」日本に決定的に足りない対応策
従来の感染症法に頼っていては限界がある
上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長
2020年07月27日
検査体制を強化しなければこの波を抑えきれない(写真:anyaivanova/iStock)
梅雨のさなか、寒暖差が激しい日々が続いている。体調を崩す人も多く、その際に新型コロナウイルスの感染を心配されるケースが多いだろう。
そういうときはどうすればいいのだろうか。
最近、筆者が経験した事例をベースに議論したい。
筆者が主宰する医療ガバナンス研究所は、常勤・非常勤のスタッフ10人程度の小規模な組織だ。彼らに加え、医師・看護師たち、あるいは学生が出入りする。コロナ流行以来、在宅勤務を取り入れた。週に数回、研究所に通勤し、残りは在宅だ。がん経験者や糖尿病・高血圧などの持病を有する職員もいるため、感染対策を優先した。
* 医学生が39℃の発熱
ある火曜日の夜、スタッフから「昨日(月曜日)から研究所に来ている医学生のA君が39℃の発熱をしたそうです」と連絡があった。スタッフも私もコロナ感染が頭をよぎった。狭い研究所に一緒にいるし、月曜の夜はA君を歓迎するため、スタッフ3人と学生2人(A君を含む)とともに最寄りのインド料理屋でささやかな歓迎会を開いた。
もし、A君がコロナに感染していたら、誰もが濃厚接触者ということになる。
A君は健康な若者だ。万が一、コロナに感染しても、重篤化あるいは死亡することはないだろう。
身勝手な話だが、A君の容態よりも、研究所内での集団感染や持病を有する職員が感染し、重篤化することが脳裏をよぎった。
われわれの研究所では、インターンをする学生とはLINEで頻繁にやりとりをすることにしている。
私はすぐにA君にLINEを送った。
彼からは「だるくて死にそうです。1人で心細かったです」と返事がきた。
彼は発熱した夜に地元の病院を受診し、PCR検査を受けていた。
扁桃腺が腫れているため、扁桃腺炎と診断され、抗生剤が処方されていた。
それからが長かった。翌朝、スタッフからは「私も微熱がある」と連絡が来た。
最近、がんの手術をしたスタッフだ。コロナに感染し、重篤化することが心配だったのだろう。
もっとも、その可能性は低い。なぜなら、コロナの潜伏期は5~6日程度もあるからだ。
月曜日にインターンを始めた学生からうつったとしても、水曜日の朝に発熱はしない。
このスタッフはコロナに、それだけ敏感になっているのだろう。私も例外でない。
何となくだるい気がして、体温を測った。36.4℃だった。
水曜日の昼頃、A君にLINEで連絡したところ、「37.5℃まで下がって、少し楽になった」と返事があった。
解熱剤の影響もあるだろうが、これはいい徴候だ。発症翌日に解熱するのはコロナでは早すぎる。
抗生剤が効いたのだろう。主治医の見立てどおり、コロナではなく、扁桃腺炎の可能性が高い。
ただ、それでも安心はできなかった。コロナはどんな臨床像も取りうる。
万が一、PCR検査が陽性だった場合に備え、予定を調整した。
面談者には「学生が発熱し、コロナの可能性がゼロではない」と伝え、3メートル程度の距離をとって話をした。
その日は体に熱がこもる感じがして、何度も体温を測った。36.5℃程度だったが、1回だけ37.1℃を記録した。
体温計も時に測定誤差が出るのを初めて知った。
A君から「PCR検査が陰性でした」とLINEが入ったのは、木曜日の午後だった。
本人も安堵しただろうが、私も胸をなで下ろした。彼の発熱を知ってから、44時間後のことだった。
* クラスターと認定されれば風評被害も
この間、いろいろなことを考えた。私は51歳、自分が罹患しても、おそらく命を落とすことはない。
ただ、私やスタッフは「濃厚接触者」だ。もしA君がコロナに感染していれば、うつっていてもおかしくない。
集団感染でクラスターと認定される可能性もある。メディアで報じられれば、風評被害も被るだろう。
コロナは感染者だけでなく、周囲にもさまざまな影響を与える。
医師ではなく、濃厚接触者の立場になれば、コロナ対策の見え方も変わってくる。
そして、早急に改善すべき点が多々あることを痛感する。
私が感じた最大の問題は検査してから結果がわかるまで時間がかかりすぎることだ。
現在、医療機関でコロナのPCR検査を受けた際、陽性の場合には48時間以内に結果を伝えることになっているそうだ。
A君は陰性だったが、44時間を要した。
実はPCR検査自体には、そんなに時間はかからない。
流行当初、5時間程度を要していた検査時間は、今や1時間程度まで短縮している。
7月23日には、神奈川県衛生研究所と理化学研究所が共同開発したスマートアンプ法を用いたPCR検査では、検査全体で1時間程度しかかからない。
コロナのパンデミックによりPCR市場は急拡大している。
世界中で技術革新が進行中だ。英科学誌『ネイチャー』は7月17日号で、「パンデミックを終焉させることに役立つ新しいコロナウイルス検査の爆発的な発展」という記事を掲載した。
この記事では、PCR法やその亜型であるLAMP法の発展だけでなく、遺伝子編集技術であるCRISPR法を用いた新法の開発が進んでいることなどを紹介している。
このあたりの技術進歩は日進月歩だから、コロナの流行が収まる頃には、検査方法は今とはまったく違っていてもおかしくない。病院や介護施設に入るとき、入り口で唾液を出して検査をして、陰性の人だけが入場を許されるようになっているかもしれない。要する時間が数分程度なら、十分実用化できる。
あるいは、コンビニなどでPCR検査をうけ、「陰性確認証明書」を発行してもらうようになっているかもしれない。
実は、このような流れは世界で始まっている。
アメリカのプロバスケットボールリーグNBAは毎日、野球のメジャーリーグは隔日、サッカーの英プレミアリーグと独ブンデスリーガは週に2回、PCR検査を受けることが義務づけられている。
このような状況はプロスポーツだけではない。7月20日、中国政府は中国に向かう航空機に搭乗する人にPCR検査を義務づけると発表したし、ハーバード大学などアメリカの大学は、9月からの大学再開に備え、週に2回検査をすることを検討している。
* PCR検査の限界
もちろん、PCR検査には問題がある。それは 感度が低いことだ。
ある程度 体内でウイルスが増殖しないと陽性にならない のだ。
アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の研究チームが5月13日に、アメリカの科学会誌に発表した研究によると、コロナに暴露された日の感度は0%、つまり誰も陽性にならないが、その後、4日後の発症時では62%、その3日後には80%に上昇する。
これなら、いったん陰性結果が出ても、日を改めてPCR検査を繰り返せば、見落としを減らすことができる。
季節性インフルエンザの診療でやられている方法だ。
初回は陰性でも、2回目の抗原検査で陽性となるという患者は珍しくない。
このやり方がコロナ対策でもコンセンサスになりつつある。
英科学誌『ネイチャー』は7月9日号に「コロナの検査は感度より頻度が重要」という記事を掲載している。
この記事では、無症状の人に対しても毎週PCR検査を実施することを推奨している。
この状況は日本とは対照的だ。
日本のPCRの検査能力は1日当たり約3万2000件で、抗原検査を加えても約5万8000件だ。
これは海外と比べると圧倒的に少ないし、現時点で抗原検査に過剰な期待は抱かないほうがいい。
なぜなら、抗原検査の 唾液 サンプルでの有用性は十分に検証されていないからだ。
国際医療福祉大学の研究チームが7月7日にアメリカ『臨床微生物学誌(Journal of Clinical Microbiology)』に発表した研究によると、唾液抗原検査の感度はわずかに12%だった。
この研究には103人のコロナ感染患者が登録されたが、88人が症候性で、無症候性つまりウイルス量が少ないと考えられる感染者は15人にすぎなかった。ある程度体内でウイルスが増殖した状態でも唾液抗原検査は陽性にならないことになる。
現時点で抗原検査に唾液を用いるのは難しい。
そうなるとPCR検査に頼るしかないが、日本の検査能力は、中国の1日378万件、アメリカの50万件はもちろん、ドイツの18万件、フランスの10万件を大きく下回る。
この 検査能力の低さが、A君が検査を受けてから結果を知るまでに2日間も待たねばならなかった理由だ。
検査体制が貧弱なため、検査を待つ検体が「渋滞」しているのだ。
これこそ、日本が第2波の抑制に失敗した原因だ。社会活動を再開すれば、感染者が増加するのは日本に限った話ではない。
レムデシビル、デキサメタゾン以外の治療薬、ワクチンが開発されていない現状では、感染者を早期に診断し、隔離(自宅、ホテルを含む)するしか方法がない。そのためには PCR検査体制の整備が重要だ。
世界は、どのような対応をとっているだろう。
中国・北京市では、市内の食品卸売市場「新発地市場」で感染者が確認された6月11日以降、検査の規模を拡大し、1日当たり100万を超えるサンプルを処理した。
北京市の発表によると、感染発覚以降、7月3日までに合計1005万9000人にPCR検査を実施し、335人の感染が確認されている。北京市の人口は約2000万人だから、およそ半数が検査を受け、陽性率は 0.003%だ。7月4日、終息宣言が出ている。
感染拡大が続くアメリカでも対応は変わらない。
ニューヨーク州は7月1日に配信したメールマガジンで、「すべてのニューヨーク州民は州内に存在する750カ所程度の検査センターで、無料で検査を受けることができる」とアナウンスしている。
ニューヨーク州の人口は約1950万人。人口2.6万人当たり1カ所のPCR検査センターが存在することになる。
* 日本ではPCR否定の声が小さくない
ところが、このことは日本国内ではほとんど報じられない。
PCR検査の必要性を否定する報道まであり、感染症の専門家による発信もある。
彼らの主張でユニークなのは、PCR検査は擬陽性が多いと強調することだ。
尾身茂・コロナ感染症対策分科会会長は、擬陽性を1%として議論を進めている。
いったい、どういうことだろうか。
感染率が1%の1000人の集団を、感度(検出率)70%のPCR検査でスクリーニングするとしてご説明しよう。
この集団の本来の感染者は10人だ。ただ、検査の感度が70%だから、診断されるのは7人になる。
つまり、3人を見落とす。これは前述したとおり、PCR法の限界だ。
一方、擬陽性が1%出るため、本来感染していない990人のうち1%が誤って陽性と判断されてしまう。
その数、9.9人だ。この結果、陽性と判断されるのは16.9人だが、このうち本当の陽性は7人、つまり陽性と判断される人のうちの約4割ということになる。
陽性と判断されても、半分以上は間違いだ。この理屈を聞けば、厚労省や尾身氏らの主張はもっともらしく聞こえる。
では、どうして世界でPCRの活用が進んでいるのだろう。
擬陽性を我慢して、とにかくスクリーニングしているのだろうか。
そうではない。実はPCRはほとんど擬陽性を生じない。
コロナは環境中に存在しないし、適切にプライマーをセットすれば、ヒトの遺伝子と交叉反応することはないからだ。
さらに、国立感染症研究所の方法は、2種類の遺伝子配列を増幅させる「マルチプレックスreal-time PCR」という方法だから、誤って別の配列が増幅される確率は1%どころでなく、限りなく0に近い。
だからこそ、世界は繰り返し検査をして、感染者の見落としを減らそうとする のだ。
実は、PCRの精度に関する見解の相違が、コロナウイルス対策に決定的な影響を与えている。
PCRの擬陽性が問題となるなら、事前確率が高い、つまり大部分が感染していると予想される集団にしか使えないからだ。
事前確率が50%、つまり、コロナ感染が限りなく疑わしいケースにPCR検査を実施した場合、詳細は省くが、擬陽性の確率は1.4%だ。一方、0.1%の感染者しかいない集団の場合には擬陽性率は93%になる。
* 無症候の人の感染確率は低い
一般的に無症候の人の感染確率は低い。
7月16日、政府のコロナ感染症対策分科会は、無症状の人に対するPCR検査について、公費で行う行政検査の対象にしない方針で合意、政府に提言している。
尾身会長は、7月17日日に配信されたウェブメディアのインタビュー「必要なのは、全ての無症状者への徹底的なPCR検査ではない。尾身会長『100%の安心は残念ながら、ない』」(BuzzFeedNews)に登場し、検査の拡大に反対している。
このことが日本の新型コロナウイルス対策を大きく歪めていると私は考えている。
中国やアメリカでPCR検査数が多いのは、無症状の人が多く含まれているからだ。
これは PCRの精度の評価が日本とは違うからだ。
擬陽性がなければ、どんなに事前確率が低い集団にPCRをかけても、問題は生じない。
ところが1%も擬陽性が起こるという立場に立てば、無症状者にスクリーニングすれば、大量に擬陽性を作り出して、社会を大混乱に陥れる。
実は、世界で議論される無症状者の中には、医療従事者や介護従事者はもちろん、保育士や教員、警察官などのエッセンシャルワーカーが含まれる。
医療従事者や介護従事者が感染すれば、患者や入居者にうつす。
高齢で持病を抱える彼らは致死率が高い。
第1波では永寿総合病院(東京都台東区)などの院内感染で大勢が亡くなった。
院内にコロナウイルスを持ち込んだのは、医療従事者や出入りの業者だろう。
彼らがPCR検査をしていれば亡くならずに済んだかもしれない。
ここで話をA君に戻そう。彼は医学生だ。
コロナが流行している現在、多くの医学部は実習を控えているが、いつまでも実習なしでは済まないだろう。
実習先で患者にうつさないためには、定期的にPCR検査を受けるのが望ましい。
ハーバード大学は医学部でなくても、週に2回のPCRを検討している。日本とはあまりにも状況が違う。
もし、A君が週に2回の頻度でPCR検査を受けていれば、彼も私もこんなに心配することはなかった。
前日あるいは前々日のPCR検査が陰性なら、彼が発熱してもコロナの可能性は低いと判断できたからだ。
もちろん、私は日本全国の医師や医学生全員が定期的にPCR検査を受けるようにしろと言っているわけではない。
岩手県のような感染者がいないところでは必要はない。
ただ、東京など一部の地域は危険だ。
医療従事者が定期的にPCR検査を受けなければ、第2波でも院内感染が多発するのは避けられない。
すでに京都市立病院や鹿児島県与論町の総合病院で院内感染が報告されている。
* 社会的弱者への対応も重要
ケアすべきはエッセンシャルワーカーだけではない。社会的弱者への対応も重要だ。
彼らは感染しやすく、彼らの健康を守るだけでなく、周囲に拡散させないためにも早期に適切な対応が必要だ。
3月27日~4月15日にかけて、アメリカの疾病対策センター(CDC)が、シアトル、ボストン、アトランタなどの19施設の入居者1192人、職員313人をPCR法で調べたところ、入所者の25%、職員の11%で感染が確認された。
欧米の医学誌は社会的弱者へのケアに力を注いでいる。アメリカ国立医学図書館データベース(Pub Med)を「ホームレス」と「コロナ」で検索すると、39報の論文がヒットしたが(2020年7月23日現在)、すべてが欧米で、アジアからの報告はない。
社会的弱者はホームレスだけではない。
性労働者もそうだ。差別の対象となり、感染が拡大しやすい。
今回の歌舞伎町での感染拡大を「夜の街」と評するようなものだ。
感染者は「被害者」なのに、「犯罪者」のように扱われてしまう。
英『ランセット』誌は7月4日号で「性労働者をコロナ対策で忘れてはならない」という論考を掲載している。
一方、日本の状況はお寒い限りだ。
新聞データベース『日経テレコン』で「コロナ」「セックスワーカー」あるいは「性労働者」で検索したところ、主要全国紙5紙に掲載された記事は朝日新聞の2つだけだ。あまりにも弱者に厳しい社会と言わざるをえない。
これは今に始まった話ではない。日本の感染対策の宿痾(しゅくあ)といっていい。
コロナ対策は感染症法に基づいて実施されている。
この法律では、感染拡大を防ぐため、感染者が確認されれば、濃厚接触者を探し出し、検査を受けさせることが規定されている。積極的疫学調査といい、実施するのは感染研と保健所、地方衛生研究所だ。その費用は公費で賄われる。
実は、この仕組みは一般の保険診療とはまったく異なる。
保険診療では、医師が必要と判断すれば、その検査を実施することができ、費用は保険および自己負担で支払われる。
コロナ流行当初、PCR検査の基準を「37.5度4日間」と定義して、多くの「PCR難民」を生み出したのは、そもそも積極的疫学調査が国内の感染者を診療するために設計されたものではないからだ。
明治に作られた伝染病予防法に始まる国家が感染者を見つけ、隔離するという思想に基づくものだ。
1974年に野村芳太郎監督が映画化したハンセン病患者親子の悲哀を描いた松本清張の名作『砂の器』の世界と同じである。
当時、伝染病対策を担当したのは内務省の衛生警察だ。感染者を強制隔離し、自宅を封鎖した。この考え方が今も生きている。
* クラスターの「予防」には無頓着
従来の感染症法対策は、クラスターが発生すれば、徹底的に「治療」するが、クラスターの「予防」には無頓着だった。
諸外国が重視する院内感染防止のため医師や看護師、あるいは介護士や、社会的弱者としてホームレスなどへの対応が感染症法で規定されておらず、公費で検査費用を負担できない。
この結果、PCR検査数は伸び悩み、コロナ感染は拡大した。
真夏の北半球で、コロナ感染が拡大している先進国はアメリカ以外には日本くらいだ。
欧州やカナダ、さらに韓国や中国は抑制に成功している。
第2波を抑制するには早急に感染症法を改正する必要がある。そうしなければ、公費で検査ができない。
予算措置でやれる範囲は限られている。ところが、厚労省にその気はなさそうだ。
無症状者への検査は不要としているのは前述のとおりだ。これでは日本はいつまでも感染症後進国のままだ。
いまこそ、国民目線で感染症対策を見直したほうがいい。オープンな議論が欠かせない。
A君も2日間のインターンだったが、自分なりに考えるきっかけとなったらしい。
高熱で病院を受診した際、「PCRを繰り返し受けさせてほしい」と訴えたそうだ。
もちろん、感度が低いからだ。主治医からは「規則でできない」と言われたそうだ。A君はめげない。
新学期が始まると、学内でPCR検査のあり方を議論する。
このような人材が蓄積すれば、日本の感染症対策は変わる。コロナが、そのきっかけになればと願っている。
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