本庶氏への寄付を決めた柳井会長は、同じ京都大学の教授で、以前から面識のあった山中氏にも何か援助できないかと考えたという。そこで山中氏に電話で連絡を取り、本庶氏と同額を寄付する決断に至った。
「大金を”無心”する厚かましいお願いだったが快諾いただいた。寄付の文化が日本でも広まっていく呼び水になれば一層ありがたい」(本庶氏)。欧米では、企業経営者が研究支援や慈善事業などへ寄付する文化が根付いている。新型コロナウイルスへの対策でも、ツイッターの共同創業者であるジャック・ドーシー氏やアマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏、マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツ氏らが早々に寄付する考えを表明した。
柳井会長はソフトバンクグループの孫正義会長兼社長と並び、アメリカの雑誌「フォーブス」の日本長者番付の上位に長年ランクインする常連だ。国内経済界の大物が研究支援のための寄付やその意義を表明したことは、今後日本でも寄付への関心が高まるきっかけとなる可能性はあるだろう。
一方で今回の寄付からは、最近の柳井会長の関心や事業運営に対する意識の変化もうかがえる。1984年にユニクロ業態を立ち上げ、山口県の紳士服店を一気にグローバル大企業へと発展させたが、複数の市場関係者は「柳井さんはここ数年、以前のように対外的に売上高の目標を語らなくなった」と指摘する。
かつてのファストリと言えば、3兆円や5兆円といった強気の売上高目標を掲げるのが常だった。
ところがこの2~3年、ファストリのIR資料などから全社売上高の目標値の記載はほとんど消えた。目標としていた売上高の早期達成が難しくなった事情もあるが、「規模を追うよりサステナビリティー(持続可能性)を優先する姿勢を打ち出したいという、柳井会長の意識の変化が大きい」(証券アナリスト)。6月18日に開かれたユニクロ銀座店の内覧会で柳井会長は、「売上高は問題ではない。社会に本当にプラスとなる、新しい産業を作っていく」とも語っている。
経営者として果たすべき役割
サステナビリティーへの取り組みは、企業評価の際の重要な指標となっているだけでなく、消費者の間でも関心が高まりつつある。
特に衣料品という消費者に身近なビジネスでは、在庫の廃棄ロスを減らしたり、積極的に社会貢献したりする企業の姿勢はブランドイメージの向上にもつながる。ファストリではリサイクル素材を活用した商品開発や難民支援などの取り組みを強化しているが、会社の顔である柳井氏個人の寄付活動も、サステナビリティーを重視する企業として大きな意味を持つ。
また、寄付金の一部が研究費に充てられる新型コロナの問題は、柳井会長にとって民間の経営者が社会的に果たすべき役割の重要性を強く感じさせる出来事にもなったようだ。
「コロナは100年に一度の危機。今から必ずスタグフレーション(景気悪化とインフレの同時進行)や、社会的・経済的問題が出てくる。そういうときに国には縛りがあってできないことがたくさんある。だが、個人や企業なら自由自在にできることがある」。柳井会長は京大での会見でこう強調し、政府のコロナ対策について「残念ながら遅すぎるし規模が小さい。長期的、世界的な視点がまったくない」と批判した。
新型コロナは世界中に店舗を展開するファストリにも、大きな打撃となった。国内外で多数の店舗は一時休業や大幅な客数減を余儀なくされ、同社の今2020年8月期決算は17期ぶりの減収となる見通しだ。瞬時に世界中へと拡大した感染症は、ファストリが展開するような小売りのビジネスは平穏な社会のうえに成り立つという事実を改めて突きつけた。
自由に使えるお金がもっと必要
足元でユニクロの店舗売り上げは回復基調にあるものの、第2波が発生すれば厳しい業績が長引くことは避けられない。それだけに柳井会長の心中では、社会的な問題解決に向けて政府に頼るままではなく、今回のような寄付などを通して経営者自らが行動を起こす必要性を強く感じた側面もあったとみられる。
「ビジネスも研究も最終的目標は、世の中のため、人のため、そして常識を越える(ものを生み出す)ため。本当は国からもっと、本質的な課題や問題の研究に対して自由に使えるお金が出ないといけない」とも指摘した柳井会長。京大への100億円の寄付はその金額以上に、柳井会長の強いメッセージが込められている。
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