安倍首相の地元、山口県下関市の政治状況を伝える26日付の毎日新聞紙面(上)と、21日付の朝日新聞のコラム「新聞と読者のあいだで」
2020年1月31日
新聞を読む人が減っている。いつも言われていることですが、読んでもらえるようにするにはどうしたらいいか、現場は苦闘しています。そんな現場の新聞記者の苦悩がよくわかる記事が本紙1月21日付朝刊にありました。
「新聞と読者のあいだで」というコラムで、社内勉強会の様子の報告です。
この勉強会で、「読まれない傾向にある記事」とは、「焦点が定まらない記事」「目線が高い記事」「先に頭で考えた記事」「体温が低い記事」だというまとめがありました。
「体温が低い記事」という表現は面白いですね。読んでいて記者の熱い思いが伝わってこない記事のことでしょう。
この後、26日になって毎日新聞朝刊に、記者の思いが感じられる長文の記事が出ました。
安倍晋三首相主催の「桜を見る会」の参加者に首相後援会の会員が増えている理由を首相の地元で取材した結果です。
〈首相の地元、山口県下関市を歩くと、自民党内の激しい政争が浮かび上がってきた〉というのです。
そこには安倍派対林派の対立がありました。「林」とは林芳正元農林水産相のこと。
〈安倍首相は衆院山口4区(下関市、長門市)の選出で、林氏は山口選挙区選出の参院議員だが、地盤はやはり下関市だ〉
どうしてこんなことになったのか。
〈下関市は中選挙区時代の旧山口1区の一部だった。定数4だった旧山口1区では、安倍首相の父晋太郎氏と林元農相の父義郎氏が共に出馬してきた。ところが、1996年に小選挙区制が導入され、下関市は隣の長門市と山口4区に組み入れられた。4区からは晋太郎氏の後を継いだ安倍首相が出馬することになり、高齢だった義郎氏は比例代表に回った。義郎氏の後を継いだ林元農相が参院なのは、そういう流れからだ〉
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しかし、林氏の支援者たちは、林氏に衆院にくら替えして総理大臣を目指してほしいという思いがあるといいます。参院議員のままでは総理大臣は事実上、無理だからです。
衆院にくら替えするとすれば、どこなのか。まさか安倍首相の4区から出るわけにはいかない。
〈林派の多くは隣の3区(宇部市、萩市など)からの出馬に期待する。しかし、3区には河村建夫・元官房長官がいる。首相と河村氏との関係は良好で、林氏が3区から出馬を強行すれば、党公認が得られない可能性は高い〉というわけなのです。
安倍首相としては、林氏が衆院にくら替えするのを阻止したい。そこで2017年の下関市長選挙は、「安倍・林の代理戦争」と呼ばれたそうです。
林氏の系列の現職市長に対して、安倍首相の元秘書が挑み、小差で選挙に勝ったのです。
地元の下関市議(無所属)は、安倍首相の元秘書の選挙で「協力してくれた『ご褒美』に、桜を見る会が利用されたのでは」と見ているというのです。
このルポを書いた記者は、こう総括しています。
〈下関市長選をきっかけに激化した政争が、桜を見る会への安倍首相による招待者増加に影響を及ぼしたのは間違いなさそうだ〉
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なるほどねえ。安倍首相の後援会のメンバーが多数「桜を見る会」に招待されたという話を聞くと、「後援会は大事だからなあ」と変に納得してしまいがちですが、記者はそれではいけないのですね。
現地を実際に歩いてみて取材する。記者の原点を見る気がします。
しかし、この取材は容易ではなかったようです。
〈桜を見る会について関係者の口は一様に重かった。話を聞いた十数人のほとんどは実名での証言を拒み、「かん口令が出ている」と言葉を濁す人、あえて人目につかない郊外の喫茶店を面会場所に指定してくる議員、「(自分の発言は)匿名ぞ、匿名ぞ」と何度も確認する社長もいた〉
そして、こんな証言も。
〈中間派の自民党関係者はこう言った。「下関で安倍派に逆らうと生きていけない。ファシズムですよ」〉
この証言に尽きます。取材記者の「体温の高さ」が伝わってきます。
池上彰の新聞ななめ読み@朝日新聞デジタルから
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