新生東芝はなぜ「CPSテクノロジー企業」を目指すのか、その勝ち筋


2018年12月12日  更新
[三島一孝,MONOist]

 

経営危機から脱し新たな道を歩もうとする東芝が新たな成長エンジンと位置付けているのが「CPS」である。

東芝はなぜこのCPSを基軸としたCPSテクノロジー企業を目指すのか。キーマンに狙いと勝算について聞いた。

 

 デジタル技術と「データ」を基軸とし、従来の産業の姿が大きく変わろうとする第4次産業革命の動きが広がりを見せている。IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などの技術発展により、リアルな世界で起こる事象をデジタルデータ化し、デジタルの世界でAIなどを活用することで知見として活用できる「CPS(サイバーフィジカルシステム)」の世界である。このCPSを新たな成長エンジンだと位置付けているのが、経営危機から脱し新たな姿の模索を進めている東芝である。

なぜ東芝は、CPSテクノロジー企業としての将来像に勝算を描いているのだろうか。

2018年10月にシーメンスから移り、東芝のコーポレートデジタル事業責任者(Chief Strategy Officer)に就任した、島田太郎氏に話を聞いた。 


東芝 コーポレートデジタル事業責任者の島田太郎氏1990年に新明和工業に入社して航空機設計などに従事。1999年にSDRC(Structural Dynamics Research Corporation)に入社。SDRCがM&Aなどを経てUGS、シーメンスPLMソフトウェアとなる中、2010年4月にシーメンスPLMソフトウェア日本法人の社長兼米国本社副社長に就任。2014年3月からシーメンスのドイツ本社でセールス開発部門に勤務し、2015年9月からシーメンス日本法人の専務執行役員とデジタルファクトリー事業本部長およびプロセス&ドライブ事業本部長。2018年10月から現職。


☞ 日本の外からの視点を日本企業に
  MONOist 島田さんはシーメンス時代にインダストリー4.0やデジタル変革(デジタルトランスフォーメーション)などの

 ある種“伝道師”としてさまざま活動を行ってきました。

 そういう知見を持つ中でなぜ東芝に入社されたのでしょうか。

島田氏 さまざまなキャリアを積み重ねる中で最後は日本企業のためになることをしたいという思いがあった。

シーメンス時代にインダストリー4.0などを含め、さまざまなドイツの取り組みを紹介する機会が多かったが、その中で「日本はこんなことをしていては駄目だ」ということを伝えることが多かった。外側の立場で日本および日本企業の取り組みを見ていると「こうすれば良いのに」と考えさせられることが多かったからだ。そうした中、東芝でチャンスの場をもらったので「やってみよう」という考えに至った。

 

世界初のCPSテクノロジープラットフォーマーに
  MONOist デジタル変革の動きの中で日本企業は遅れているとも指摘されています。

 どういうことを考えるべきだと思いますか。 

島田氏 デジタルトランスフォーメーションという捉え方はさまざまなものがあるが、基本的にはGAFA(Google、

Apple、Facebook、Amazon)などが示したようにどこかの領域でプラットフォーマーになることを考えないといけない。1990年台の世界の時価総額上位企業には多くの日本企業が入っていたが、ここ数年で見た場合にはGAFAが圧倒的な存在感を示し、さらに日本企業は上位には皆無という状況になってしまっている。これはサイバーの領域でのプラットフォーマーとなることができた企業がいなかったということが大きな要因だ。ただ、これからは日本企業にも新たなチャンスが来ると考えている。
 現在のプラットフォーマーたちはサイバーの世界を主戦場としているので、基本的にはソフトウェアの開発が中心となっている。

一方で日本は製造業が中心となっているのでどうしてもハードウェアの比率が高くなっており、ハードウェア8割、ソフトウェア2割という考え方が中心だ。ただ、サイバー空間とソフトウェアを中心とした世界はもう限界が見えつつある。

それはこれらのプラットフォーマーがどんどんリアルの世界に踏み出してきていることを見ても明らかだ。
 これからの新たな革新はこのサイバーとリアルの間、ハードウェアとソフトウェアの間の世界で生まれてくる。このCPS領域での有力なプラットフォーマーはまだ不在の状況である。

ハードウェア5割、ソフトウェア5割という世界において、ソフトウェア中心の世界からリアルの世界に踏み出す現在のプラットフォーマーに対し、ハードウェア中心の世界からサイバーの世界に踏み出す日本企業という構図となる。製造業を中心とした日本企業にも大きなチャンスがある。

東芝では、このCPSテクノロジー領域での世界初のプラットフォーマーとなることを目指していく。

 

東芝がプラットフォーマーになるために何が必要か
  MONOist 東芝がCPSプラットフォーマーになるために具体的にどういう取り組みを進めていますか。

島田氏 プラットフォームというと、規格だったり、技術だったりを持ち出す人も多いが、それらはプラットフォーム

の一部だ。本来は言葉の通り、新たなビジネスの「基盤」や「土台」を作るということであり、規格や技術、ビジネスフレームワークなども含めたエコシステムの構築が必要になる。

競合企業なども含めてパートナーシップが必須となっている。
 他社も含めて協力して新たなビジネス基盤を築くということになると、それぞれが重複している領域や不足している領域などを明確化しないといけない。

そのために必要なのが全体の設計図となる「レファレンスアーキテクチャ」だ。

「TIRA」の概要  (出典:東芝)

そこで、東芝では新たに、東芝独自のIoT参照アーキテクチャである「Toshiba IoT Reference Architecture(TIRA)」を作成した。

 デジタル変革を進めるには、エコシステムが必要となり、そのためにはTIRAのようなレファレンスアーキテクチャが必要となる。また、協業のためにパートナーシステムなども必要になる。

ただ、これらを展開するための顧客ベースなどは既に全世界で充実しており、これらをうまく構築していくことで、新たなビジネス創出は可能だと考えている。


デジタル変革で必要な2つの考え方
  MONOist デジタル変革ではビジネスモデル構築が難しく、日本企業では特にその領域で苦しんでいる企業が多いように

   感じています。その部分についてはどう考えていますか。


島田氏 デジタル変革を目的にしては駄目で、あくまでもビジネスを成功させるためのデジタル変革だという視点が

必要になる。

重要なのは時間軸で、正しいことを正しいタイミング、正しいやり方でやるということが非常に大事になる。
 例えば、東芝ではデジタル変革には2つのフェーズがあると考えている。

1つがデジタルを基盤として新たなビジネスモデルを構築するデジタル変革(DX)で、もう1つが既存のバリューチェーンをデジタル化するデジタルエボリューション(DE)だ。DXはDEがベースとなっているが、日本企業ではこのDEがまだ実現できていない企業も多く、そこでビジネス構築にも苦戦する場合が多い。

この2つの領域を分けて、ステップを考えながらビジネス構築を考えていく必要がある。
 データにしても同様だ。主なデータは、が出すデータとモノが出すデータがある。

IoTなどで大きな注目を集めているのは「モノのデータ」だが、大きな可能性がある一方で、ビジネス化までには非常に時間が長くかかる。

一方で人のデータについては、すぐにビジネス化が可能だ。それぞれの領域によってタイミングが違う中で最適な変革のタイミング、最適なビジネスのタイミングを見極めていかないといけない。

 また、日本企業の多くがこのデジタル変革で直面しているのが、既存ビジネスとの競合だ。

一種のカニバリゼーションが生まれるわけである。デジタル変革を進めると既存ビジネスやステークホルダーの得られる利益が一時的には必ず下がる。そこで社内からは「やめてくれ」という話が出る。
 この問題に対して、どう向き合うのかというと2つの解決策があると考えている。

1つ目は「顧客をずらす」ということだ。顧客を「サブサイド」と「マネーサイド」に分けるということだ。
 例えば、Googleは無料でさまざまなアプリケーションを提供し、そこからデータを得て、そのデータを基に広告ビジネスを提供している。

アプリケーションを使う一般ユーザーを「サブサイド」、広告クライアントを「マネーサイド」と位置付けているわけだ。サービス提供により従来顧客とバッティングしない「マネーサイド」を見つけることができれば、それが新たなビジネスモデルへとつなげることができる。
 もう1つの考え方が、あえてデジタル化を進めないということだ。

プラットフォーム化してそこを基盤とする新たなビジネスが大きく成長しないのであれば、あえてプラットフォームを開放する理由はない。そこで意図的に他社の侵入を阻み防御するという方法を取るというわけだ。
 例えば、プリンタビジネスなどはそうなるかもしれない。

インクカートリッジなどについては、業界で標準化して1つのプラットフォームとしてエコシステム構築を進めることも考えられると思うが、そこで得られる利益が既存の枠組みでの利益よりも小さくなり、業界そのものが苦しくなることが目に見えている。

そういう状況であればあえてプラットフォーム化しないという選択となっているわけだ。


経営危機をなんとか切り抜けた東芝の可能性
MONOist 東芝はここ数年経営危機に陥り、メモリ事業(東芝メモリ)を含め、製造業として持っていたフィジカルに近い

 事業をどんどん切り離していきました。経営危機自体は切り抜けましたが、サイバーとフィジカルの融合という

 中で、それでも東芝が持つ可能性というのはどこにあると考えていますか。

 
島田氏 まず外から見ていて可能性があると感じたのがエネルギーの領域だ。電力系統のシステムの多くを担って

おり、さらに電源についても太陽光、水素など再生可能エネルギーの大半を抱えている。

特に電力系統システムのデジタル化とスマート化は今後の大きなテーマとなる。

エネルギー問題は、国家安全保障につながる問題であり、これがテクノロジーで解決できる状況にある。

そこに大きな可能性を感じた。
 もう1つデジタル変革で大きな可能性を感じているのが、東芝テックの持つPOSシステムのデータだ。

現在ネット通販企業がキャッシュレス化を積極的に進めているが、彼らが狙っているのが顧客の購買情報やその動態情報だ。それだけ顧客情報の価値が上がっているということだ。

東芝テックではPOSシステムでその情報にアプローチできる状況にある。

プライバシーの問題やPOSシステムの顧客企業との関係性はあるが、これらをうまく活用する仕組みを作れば、早期に新たなビジネス創出が可能だと考えている。
 また、多くのハードウェアビジネスを切り離したのは事実だが、それらのビジネスに対する知見を持った人材が数多く社内に残っている。先ほどデジタル変革におけるビジネスのカニバリゼーションの話をしたが、そういう意味では、ハードウェアビジネスを切り離したことで、逆にしがらみがなくデジタル変革面での勝負はやりやすくなったと感じている。

技術の棚卸しの概要  (出典:東芝)


弱みは“自前主義”
  MONOist デジタル変革において、現在の東芝が持つ強みと弱みについてどう考えていますか。

 

島田氏 強みとしてデジタル変革で勝負する領域については2つの観点がある。

1つは、マーケットシェアの大きな領域だ。例えば、エネルギーや水などの領域である。

もう1つはテクノロジーの領域だ。

音声合成や音声認識など、日本語をベースとしたAI関連技術では東芝は独自の強みを持つ。

またロボット技術などもさまざまなものを抱えており、こうしたテクノロジーをベースとしたプラットフォーム化なども可能性があると感じている。
 それ以外にもそれぞれの領域でプラットフォーム化できるものがあると考えている。

それぞれの領域を個別に整理し、プラットフォーム化すべきかそうでないのかを棚卸しているのが現状だ。

これらをデジタルという切り口で再構成し共通言語で話せる環境を作っていく。

 一方で弱みとしては、自社内で多くのことができてしまうので、外の力を使うのが苦手という状況がある。自前主義と言ってしまってもよいかもしれない。外部との関わりの多かった事業領域は手放してしまって、

限られた顧客ベースでのビジネスを中心とした事業が残ったということも要因としてあるかもしれない。

これらを文化の面で変えていきたい。
 外への発信という面では、このTIRAなども含めて国際発信を強化したい。

日本の技術的な発信力が弱まる中で、海外の技術を受け入れながら、業界団体など国際的な舞台で東芝の知見を発信できるようにし、世界をより前に進める取り組みに貢献していく。


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