脳機能の低下を防ぐには「手書き」が有効だ
「あれなんだっけ」が増えていませんか?
長谷川 嘉哉 : 脳神経内科、認知症の専門医
2019年11月05日
「最近、もの忘れが増えたな」と気づけた人は、それが自分を変えるチャンスです
*「あれ、なんだっけ? 」が増えていませんか?
映画のタイトルや漢字が思い出せない、顔は思い浮かんでいるのに名前を忘れてしまったタレントなど、会話の中で急に思い出せない場面がありませんか?
そうすると「あれ、なんだっけ?」という相手には伝わらない言葉が出てしまいます。
こうした誰にでも起こりうる現象は「あれあれ症候群」と呼ばれ、50歳前後から多く起こりやすくなることがわかっています。
個人差はありますが、40代、50代になると、体の疲れが抜けなくなったなど体力の低下も感じられ、「歳をとったな」と自分でも実感する時期。それに加え、新しい経験を味わうという機会も減ってくるため、脳への刺激も少なくなり、結果的にそれが脳のパフォーマンスを悪くする結果となるのです。
「あれあれ症候群」が頻発すると、「これって、将来認知症になるのでは?」と不安に思う人も少なくありません。
加齢による老化現象がそのまま認知症につながるわけではありませんが、脳の衰えを実感し不安を感じているにもかかわらず、そのまま放置しておけば、その後の人生にマイナスの影響があるのは明らかです。
「最近、もの忘れが増えたな」と気づけた人は、それが自分を変えるチャンスです。
せっかく気がつくことができたのに、そのまま放置してはいけません。まだ体力がある今すぐに、何らかの方法で脳のパフォーマンスを上げることが大切です。
脳科学の世界では、人の脳細胞の数は加齢によって減ることはあっても、回復することはないと長年にわたり考えられてきました。高齢期になって「もの忘れ」が起こるのは、仕方がないことだと考えられていたのです。
しかし現在では、脳には神経幹細胞といういつでも分裂できる細胞があり、それにより人の脳内では新しい神経細胞が誕生することがわかっています。
加齢による「もの忘れ」を予防するためには、脳にさまざまな刺激を与えることが重要だということが認知されてきています。
人の脳は何歳からでも、脳を刺激し、脳細胞を増やすことで、パフォーマンスを向上させることができます。
「昨日と同じ毎日」「何も楽しみがない」という日々を送っていると、脳は新しい記憶を保存することをやめてしまいます。
だからといって、旅行に行ったり、新しい習いごとを始めなさいと言いたいわけではありません。
確かにそれらは脳に刺激を与えるという点で大事なことですが、ここで伝えたいことは1つ。
年齢を理由に「今さら手遅れだ」と悲観する必要はまったくないということです。
*「もの忘れ」は記憶の引き出し機能の衰え
ここで記憶について少し説明しましょう。
「あれあれ」が起こるのは「記憶」をつかさどる脳に原因があります。一口に記憶といっても、記憶は3つの工程から成り立っています。
その1 物事を覚える
その2 記憶を脳に保存する
その3 思い出す
記憶するといっても脳の中では、この3つの工程を繰り返しています。
何かを見たり聞いたり味わったり、私たちの目や耳、鼻、口、皮膚などの感覚器で捉えた情報は脳に送られ、脳に保存されます。
脳に送られた情報は、ほかの記憶とひも付けられたりすることで脳の保管庫に記憶としてしまわれます。
その後、人が経験を重ねる中で必要に応じて、保存された中から必要な情報を引き出します。
脳の中の記録から必要な情報を引き出せたときに初めて、人は、「覚えている」「思い出せる」と実感できるというわけです。
この3つの工程のうちのいずれかで処理がうまくいかないと思い出すことができず、私たちは「あれあれ症候群」に陥ってしまうということになるのです。
脳に記憶が保存されていても、必要なときに思い出し活用できないのであれば、記憶していることにはなりません。
けれど、記憶はなくなっているわけではなく、必要なときに記憶をスムーズに引き出せないことが問題だというわけです。
記憶の解説について続けます。
脳には「ワーキングメモリ(作業記憶)」という領域があります。
日常生活で何か情報が入ると瞬時に情報を記憶から取り出し、同時に処理する能力をつかさどっているのが、ワーキングメモリです。
いわば「脳の司令塔」ともいうべき存在です。
このワーキングメモリの処理能力は、50代ともなるとピーク時よりも30%も低下してしまうのです。
司令塔の情報処理の能力が衰えると、その他の選手たちが能力を発揮できないのは、野球やサッカーなどに置き換えるとわかりやすいのではないかと思います。
いくらいい選手がいても、その能力を生かせないのでは、それぞれの選手の個性や能力が生かしきれないのと同じ。
つまり、脳の中では、ワーキングメモリという司令塔が日々、脳を円滑に働かせるために動いているのです。
デスクワークしながら受ける電話、届くメールやLINE、上司からの突然の呼び出し。さらには、プライベートの突発的なハプニングも。
ここで、しっかり覚えておきたいのはワーキングメモリが果たす機能です。
その1 情報を受け、一時的に保存する
その2 情報に優先順位をつけてから処理すること
日頃の会話を思い出してみてください。「お休みは何をしてたの?」「今日は、何があったの?」「ランチは何を食べたの?」など、何でもない会話が成り立つ理由は、ワーキングメモリのなせる技です。
そう考えると、あなたのすべての行動や思考にワーキングメモリが関連しているということがわかりますよね。
*ワーキングメモリの限界を知っておこう
しかし、ワーキングメモリには、限界があります。
というのも、ワーキングメモリが同時に処理することのできる情報は意外に少なく、せいぜい5つから7つ前後だということがわかっているのです。
私たち人間は、年齢を重ねるごとに経験が増えていき、抱えている情報も増えていく一方です。
同時に、ネット検索などで知識として蓄えようとする情報量も増加の一途をたどるばかりです。
多くのことを学び、経験し、脳に記憶として蓄積しようとする人間と、加齢により働きが落ちていくワーキングメモリ。
この反比例こそが、「あれあれ症候群」を引き起こす大きな原因となるのです。
ワーキングメモリの働きが落ち始めると、必要なときに必要な情報が引き出せなくなり「あれあれ症候群」が始まります。
それは思考力や知的生産を行う力が低下し始めたというシグナルであり、イエローカードなのです。
「年齢を重ねると新しいことは覚えられない」という人が増えています。
けれど、専門医として臨床の場に立ち、脳の研究を続けてきた立場からすると「覚えたことが的確な場所で引き出せない」と言ったほうがしっくりきます。
日常生活の中で「あれ、なんだっけ?」をなくし、記憶を引き出すために有効な方法が、手で文字を書くという行為になります。
なぜ手で文字を書くことは脳を活性化させるのでしょう。
現代人にとっては、メモを取るよりも、スマホで記録したほうが早いのでは、と考える人も少なくないでしょう。
けれど、そんな時代だからこそ、アナログな方法を強く推したい理由があります。
その理由は、文字を書くには、手を使い、ペンを握ることで指先を繊細に動かすため、脳はとても集中するという事実です。
文字を書くという行為には、脳をフル稼働させる効果があるのです。
一方で、パソコンやスマホに文字を打ち込むときは、指先は決まった法則に従って動かせばいいだけなので、脳は働きません。
手で文字を書くことの利点を3つに整理しましょう。
その1 集中力が増す
文字を書くとき、文字そのものを思い出し、書くスペースを意識して指先に集中しながら1文字1文字を完成させる作業は、運動神経と連動しつつ、脳のさまざまな機能を働かせます。
その2 自分の思考を言語化して脳が働く
例えば日記を書いたりするとき。まず過去の記憶を振り返る作業を行いますね。記憶の引き出しを機能させ、何を書くか取捨選択が行われます。
そこに自分の行動を言語化する作業が加わり、さらにはそのときの自身の思考や感情を言語化する変換作業が発生します。
脳がフル稼働していることがわかるでしょう。
その3 記憶力の維持・定着に効果的
忘れた人の名前をメモするとき、それが「加藤さん」だとして「加藤」という文字を書く瞬間、脳は積極的に注意を向けようとします。
タイピングで「加藤」という文字を「KA・TO・U」と打つよりも記憶に強く定着させることができます。
*アウトプットのためのトレーニング
本の中では日記術や持ち歩きノート術など私自身が実践している方法を紹介していますが、ここではノート術を始める前の簡単なトレーニングを紹介します。
用意するのは、A4サイズの紙とペン1本、これだけです。
私は、1冊の本を読んだら1枚のA4用紙にまとめることにしています。あまり本は読まないという人なら、映画やDVDなどを見たあとにまとめてみましょう。
料理が好きな人であれば、新しいメニューを作ったあとにまとめてみる、というのでもいいのです。
要は、見た、聞いた、行ったことを振り返ってA4用紙1枚にまとめるということが大切です。
本を読んだ、あるいは映画やDVDを見たあとにA4用紙1枚を使うということがルールです。
書くこと自体がアウトプットになりますが、あとから見返せるように、バインダーにまとめておくのがいいでしょう。
私が書く内容は以下の事柄です。
●読んだ日時、場所、天気
●(本の場合は)タイトル、著者名、出版社名
●仕事に役立つと思った情報
●印象に残ったフレーズ
●新鮮だと感じた表現
●読みながら浮かんだ疑問
これらの項目を箇条書きにしてまとめてみましょう。
*アウトプットすることで、ワーキングメモリを解放する
時間がないときは、
●読んだ日時、場所、天気
●(本の場合は)タイトル、著者名、出版社名
この2つだけをメモしておき、あとでほかの項目を書き足します。
「内容をまとめる」と聞くと、学生時代の読書感想文のように、長い文章を書かなければならないと身構えてしまう人がいますが、このトレーニングでは、「箇条書き」にまとめることがポイントです。箇条書きにまとめることは、読解力や文脈を捉える能力を高めます。
読書をし、本の内容を箇条書きにまとめることは、ワーキングメモリを解放することにつながります。
つまり、アウトプットしたことで、読んでインプットした知識を脳は忘れてもいいと判断するので、ほかのことを覚えるために、ワーキングメモリの機能をフルに使うことができるというわけです。
手書き習慣がなくなっているなと感じたら、1度トライしてみてください。人生100年時代、手で文字を書き続ければいくつになっても脳が活性化します。
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