最低賃金を放置したままでは浮上しない
中島 順一郎 : 東洋経済 記者
2019年01月15日
今後50年間で人口は3割減り(2017年1億2653万人→2065年8807万人)、国民の2.6人に1人は65歳以上の高齢者になる(国立社会保障・人口問題研究所の推計)――。これが日本の直面する未来だ。人口減少と高齢化の進行は日本経済に悪影響を及ぼす。需要は減少し、供給過剰になった市場の中で、企業は生き残りを懸けた価格競争を繰り広げる一方、利益確保のために人件費の抑制に動く。その結果、労働者の所得が減ってさらに需要が落ち込みデフレ圧力が強まる、という悪循環が加速する。
安倍晋三首相は2012年末の第2次内閣の発足当初からデフレ脱却を目標に掲げ、日本銀行はそのために異次元の金融緩和を続けてきた。だが、2%の物価上昇をもくろむ日銀の目標にはいまだ届いていない。
日本が経済大国なのはひとえに人口が多いから
「大幅な人口減少に直面していない海外で実施されている従来型の経済政策をそのまま参考にしても、日本では通用しない」
そう主張するのは、アメリカのゴールドマン・サックス出身で在日30年の英国人アナリスト、デービッド・アトキンソン氏だ。
同氏は外国人エコノミスト118人の論文やリポートを日本の事情に当てはめて分析し、日本が生き残るための戦略を『日本人の勝算』(小社刊・1月11日発売)にまとめた。アトキンソン氏が再興のポイントに挙げるのが、生産性の向上だ。生産性とは1人当たりの付加価値額、つまり1人当たりGDP(国内総生産)を指す。
GDP総額は「生産性×人口」で表される。
IMF(国際通貨基金)のデータによると、2017年の日本の生産性は4.2万ドル(購買力平価ベース)で先進国39カ国のうち23位。それでもGDP総額で19兆4854億ドルで1位のアメリカに続く2位(5兆4427億ドル)なのは、人口が他国より多いからだ。
今後、日本は人口減少が進む。その減少幅は主要7カ国(G7)の中で最も大きく、生産性を上げなければGDP総額は縮小し、日本経済は地盤沈下を起こす。
「日本でGDPを減らすのは自殺行為」とアトキンソン氏は警鐘を鳴らす。GDPの減少と高齢化率上昇が重なれば、現在の社会保障制度の維持に支障を来す可能性があるからだ。
では、生産性の向上には何が必要なのか。
アトキンソン氏は「最低賃金の継続的な引き上げが重要」と言う。それは最低賃金で働く人たちの収入が増えるだけでなく、波及効果も大きいとみているからだ。
最低賃金の継続的な引き上げで、現行の賃金水準が最低賃金を下回る人が出てくると、その人たちの賃金も自動的に上がる。
最低賃金に近い水準で働く人たちの中には、よりよい賃金を求めて転職を考える人も出てくる。人手不足の中、企業は人材を引き留めるために賃金を上げざるをえない。
最低賃金の引き上げで生産性向上を強制
メリットはほかにもある。生産性の低い企業に変化を迫れることだ。日本の生産性が低い理由の1つに、中小企業の多さが挙げられる。
規模の小さな企業の割合が高い国は、生産性の低い傾向がある。こうした企業は、最低賃金を基準に賃金を決めていることが多い。
最低賃金が上がると利益が圧迫されるため、企業は生産性を高める努力が必要になる。
中小企業の生産性向上に有効なのが、合併による規模の拡大だ。
企業規模と生産性には強い相関のあることが世界各国での分析でわかっている。
合併が進めば、過当競争が緩和され、事業の安定性が増し、生産性を追求しやすくなる。
生産性を向上させる方法はもう1つある。安売りをやめることだ。
価格を下げれば新しい需要が生まれ、値下げによるマイナス分を上回る売り上げや利益が得られるというのは、人口増加時代のセオリーだ。
人口減少時代に求められるのは、自社の商品を欲しがり、値段が高くても買ってくれる消費者に照準を合わせたビジネスだ。
発想の転換を進め、新しい知識や技術を取り入れていくためには、経営者の教育や労働者のスキルアップも欠かせない。
アトキンソン氏の試算では、現在のGDPを2060年まで維持するには、生産性を年平均1.29%上げる必要がある。
日本の生産性は1990~2015年で年平均0.77%の向上にとどまるが、米国と比べて、どの産業も生産性の改善余地は大きい。
人口減少と高齢化の悪影響をはね返して日本を再興する道はある。まず必要なのは、これまでの常識からの脱却だ。
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